第51話 童貞、責任をとる(4)

 どこから現れたのか。朽ちた人間たちは大挙して、イッサクたちがいる部屋に押し入ろうとしてきた。

 デスノスとヒスイが入り口で朽ちた人間たちをなんとか押し留めるも、形勢は圧倒的にまずい。

 イッサクはナマクラの剣を構える。



「そういえば、この館はこいつら死体の巣だったな」



 すると、リリウィがイッサクに首を横に振った。



「ちがうわ。この人達は、生きている人間よ」



「は?生きた?人間?」



「ええ。この人達は、王族が作った新しい人間よ。神殺しに関係しているらしいわ」



「新しい人間だと……?」



 イッサクはギリと歯を鳴らした。

 いったい、先代までの王族はなにをしようとしていたのか?

 リリウィを使って神を利用し、ミナに神を殺させ、挙げ句には新しい人間まで作るとは、まるで自ら神様にでもなったかのような思い上がりだ。

 こんな人間たちの世界など、失敗以外のなにものでもない。

 こんな人間たちのなかで王を名乗るやつは、気が狂っている。

 こんな人間たちに崇められる神は、それこそクズだ。

 


 イッサクは、この臭くて、のろまで、知恵無く思慮無く、ただ群がるだけの人間たちがミナに群がり、犯すさまを幻視してしまった。

 王族共がミナを犯すさまを見てしまった。



「クズどもが……!」



 イッサクの中の赤く黒い感情の塊が、太い音を立てて脈打ちはじめる。

 ナマクラの剣を振りかぶると、ナマクラが暗く青い光の中で、淡い光を放ち始めた。



 デスノスとヒスイは、朽ちかけた人間たちにのしかかられ、押しつぶされようとしていた。

 いくら二人が凄腕とはいえ、圧倒的な数の差の前ではなすすべがない。

 朽ちかけた人間たちは、ひたすらヒスイに手を伸ばし、その肉を奪おうとしていた。

 デスノスはヒスイに覆いかぶさり、なんとか守っていたが、動くことはもちろん、息をすることもできない。

 背中にのしかかる不気味な冷たさが、デスノたちを押しつぶそうと、重さを増していく。

 もう限界かと、神の名を呼ぼうとしたとき、デスノスに背中に、朽ちた人間たちとはまったく別物の、凍てついた殺気が突き刺さった。

 

 

 イッサクだ。

 デスノスは、咄嗟にヒスイを固く抱きしめた。

 朽ちた人間たちから守ろうとしたのでない。

 そんなものよりもイッサクのほうが遥かに恐ろしかったからだ。



「邪魔だ」



 イッサクの声が重く無機質に響いた。

 直後、デスノスの頭上を強大な衝撃が走った。

 背中にのしかかっていた絶望的な重さが一瞬で消えさった。



 デスノスがゆっくり頭を上げると、館の廊下までを埋め尽くしていた朽ちた人間たちは、影も形もなくなっていた。

 部屋の壁も吹き飛ばされていて、廊下が丸見えになっていた。



 振り返ると、窓から染み込む青く暗い光を背に、目を鈍く光らせたイッサクが、ナマクラの剣で肩をたたいて憮然としている。

 ナマクラが青白い光をまとっていたように見えたが、すぐに消えてしまった。

 魔法……なのか?

 


「立てるか?」



 イッサクがデスノスに手を貸す。

 デスノスはイッサクの手を取らずに、ヒスイを助けながら立ち上がり、聞いた。



「どうして奴らは、ヒスイばかり狙う?」



 非難するようなデスノスに、イッサクは頭をかいて答える。



「おそらく俺の血と、ジイさんの呪いのせいで、ヒスイに印がついちまった」



「印?」



「王族にゆかりのある肉だってな。王族に作られたコイツラには、ごちそうだ」



「貴様!」



 デスノスがイッサクの胸ぐらを掴んで睨むと、イッサクは真剣な目をして、デスノスの拳に手を重ねた。



「安心しろ。責任は取る」



「せ、責任!?おまえミナと別れてヒスイと結婚するつもりか!?」



「バカヤロ。少しは落ち着け」



 イッサクはデスノスの手を強引に振りほどくと、左の手のひらの傷を食い破り、あらたに血をにじませ、床に触れた。

 リリウィが言う。



「なにをしてもどうせ無駄よ。この屋敷は……」



 だがリリウィは途中で言葉を飲み込んだ。

 リリウィを見据える、鈍く光るイッサクの目が恐ろしかった。



「俺が、あんなクズどもに劣るとでもいうのか」



 そうしてイッサクは目を見開き、静かに言った。



「王命。滅びろ。塵も残すな」

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