第50話 童貞、責任をとる(3)

「ヨーちゃんが?」



「大陸が吹き飛ぶ、だと?」



 イッサクはいつものヘラヘラではない、力のない諦めの笑みで二人を見る。



「信じろとは言わない。なにせ夢の中の話だ」



 誇張も緊張もない声は、イッサクと付き合いの長いデスノスを何も言えなくしてしまう。



「ヨーちゃんどうしてそんなことに?」



「どうやら俺の前の嫁のせいらしい」



「!?」



「とはいうものの、具体的に何が起きるのかがわからない。

 ミナと邪神様が戦うのか、それとも別のなにかがあるのか。

 ぜんぶ俺の妄想かもしれないしな。

 だけどほってはおけない。

 邪神様に見せられたイメージは、俺にとっては啓示であり真実なんだ」



 リリウィは、しばらく何かを考え、思い切って言った。



「それがマジなら、あんたの別れた奥さんって、もしかして神殺しなんじゃ?」



 イッサクはうなずくと、リリウィに向き直った。



「神殺ってなんだ?」



「神を殺す人間、ということしかわからない。うちの後に動き出した計画だから」



「邪神様に対する安全装置みたいなもんかな?」



 するとデスノスがきっぱりとそれを否定する。



「いや、それは違うだろう。安全装置というのは、本来の機能とセットになっているから意味がある。

 逆を言えば、安全装置がない機能は使い物にならん。

 だがその娘がいうには、神落としと神殺しは違う計画なのだろう?」



「ということは、神落としは神殺しをつくる途中でうまれた成果ってことなのか?」


 イッサクは館を探検したときに見つけた絵図を思い浮かべた。

 系譜図のようなあれには、神落としの先に神殺しの名が記されていて、系譜はそこで終わっていた。

 ならば、王族の最終目的は神を殺すことだというのか?

 イッサクは天井を仰ぎ、考え込む。

 思考に沈潜していくイッサクに、デスノスが遠慮がちに言った。



「なあ、神を殺すなど、本当にできるのか?しかもその神殺しがミナというのは……」



 デスノスが口にした2つの疑問に、イッサクはうまく答えられない。

 特に神を殺すことについてはさっぱりだ。

 神とは人間の理解の及ばないものへの呼称だ。

 以前、バーの女主人は、神の在りようは人間次第と言っていたが、そういう現象ともいうべき存在を殺すとは、どういう意味なのか。



 一方、後者の疑問についても、はっきりとしたことはわからない。

 イッサクは、顔色を伺ってくるデスノスに笑って言った。



「ミナ自身にも実家にも不審なところは無かった。離婚の準備で念入りに洗い直したから確かだ。ただ……」



「なんだ?」



「なぜクズオヤジたちがミナを選んだのか、そもそもどこで見つけてきたのか、それがわからない。まったく、興味がなかったとはいえ、早まったことをしたよ」



 イッサクがぼやくと、リリウィがと呆れて呟いた。



「自分の奥さんに興味がないのもマジ最低だけどね」



 デスノスが顎に手を当て何か考えてから聞いた。



「なあ、イッサクよ。お前が見た夢では、ミナは最後にどうなるのだ?」



 イッサクは少し驚くとベッドから降りて、全裸のまま窓の前に立った。

 窓の外には青く暗い光がみちていて、それだけしか見えない。

 イッサクは何もない空間の先をじっと見据えながら答えた。



「邪神様と一緒に消えていなくなる」



「それは……。だから、おまえは」



「さて、ぼちぼち帰ろうか。あっちじゃどのくらい時間が経ったかな」



 そう振り返ったイッサクはヘラヘラと笑っていた。

 クローゼットを勝手に漁りだして、中からシャツと紺のスラックスを引っ張り出している。

 シャツに手を通すイッサクの後ろから、リリウィが冷たく声を放った。



「あんたはずっとここにいるの。絶対逃さないって言ったっしょ」



 リリウィは自分の左腕を上げ、イッサクと繋がっている鎖をじゃらと鳴らす。



「一緒なのは構わないが、別にここじゃなくてもいいだろ?俺は邪神様を探さないとだし」



「わたしはここから動けないのよ」



 リリウィは体を覆っていたシーツを取り去り、ベッドの上に立ってイッサクに自分の全裸を見せて言った。



「これひどくない?」



 リリウィの右腕や左右の足首、太もも、腰、首に黒い鉄の枷が浮かび上がった。すべての枷には黒くイッサクの腕より太い鎖が繋がれていて、それらが屋敷の奥の暗がりへと伸びていた。



 イッサクはリリウィの肌に食い込む枷に舌打ちすると、左の手のひらを噛み切り、血がにじむその手で黒い枷を掴んだ。



「王命。弱きものよ、退け」



 だが鎖は消えず。無情にリリウィの体を縛ったままだ。



「これもか」



 苛立ちをにじませるイッサクに、リリウィは感情のない微笑みを浮かべて言った。



「無駄よ。それに、この館もあなた達を返すつもりはないみたいだし」



「きゃあ!」



 隣の部屋からヒスイの悲鳴が上がった。

 なにごとかとデスノスが立ち上がり走り出すと、すぐにヒスイが飛び込んできて、顔を青くして叫んだ。



「死体が……死体の群れが!!」



 ヒスイがドアの外を指差すと、暗く青い光すら届かない廊下の暗がりから、体のあちこちが朽ちた人間たちが、ぞろぞろと部屋に押し入ってきた。



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 いつも読んでくださり、ありがとうございます。

 ♥が1000を超えました!

 あととても嬉しいことに、カクヨムコンの規定10万文字を越えようというところまで、PVが減っていません。

 それだけお付きあいただけているということで、本当に嬉しいです。


 物語もぼちぼち中盤をむかえますが、これから皆様に満足していただける結末に到れるようがんばりますので、こんごともお付き合いいただけますよう、よろしくおねがいします。


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