第34話 袋の童貞は穴を目指す(3)

「こんな夜遅くに強盗とは、極悪だな」



 イッサクは女の子を顔を見て胸を撫で下ろすと、なにかないかとポケットをまさぐったが、例の媚薬入りローションぐらいしかない。

 デスノスが状況の説明を求めてるようにこっちを見ている。

 イッサクは女の子の肩に手を置いて紹介する。



「この子はマノン。あの路地でできた友人だよ」



 そう紹介されて、マノンは「よろしく」とデスノスにずいっと握手を求める。デスノスはマノンの野の花のような小さな手を取り握手する。



「デスノスだ。こいつの犬をやってる」



「犬?裸の王様の?」



 マノンはいかがわしい物を見るように二人を見ている。そんなマノンにデスノスが聞いた。



「イッサクが裸の王様というのはどういうことだ?」



「この人が、素っ裸でうちの前を歩いていたから。だから裸の王様」



 デスノスは憐れむようにイッサクを振り返ると、イッサクは



「あの夜のことだよ」



 と小声でいった。



「わたし、この人がかわいそうになって、遊んであげているの」



 10歳の少女が胸を張ると、マノンの後ろから一人の老爺が歩み寄ってきた。



「これマノン、王に向かってそんな口を聞いてはいかん」



 老爺はイッサクの前に来ると跪き首を垂れた。

 デスノスが驚いて声を上げる。



「爺さん、こいつが何者かわかるのか?」



「もちろんでございます。どうして我らの王の顔を忘れることができるでしょうか」



「おじいちゃん、この裸族が王様のわけないじゃない!」



 マノンは頬を膨らませると、老爺はマノンの頭を強引に下げさせ、イッサクの前で恐縮した。



「申し訳ありませぬ。年端もいかない娘とはいえ、何たる無礼を」



 イッサクは慌てて二人に顔を上げさせた。



「フラドラン、気持ちはありがたいが、ここでそういうことはやめてくれ」



 近くを歩いていく人々が、血まみれのツナギを着た男の前に膝をつく老人を、おもしろそうに見ていく。

 肝を冷やしたイッサクが、フラドランと呼ばれた老爺の手を取ると、フラドランは声を震わせた。



「このような老いぼれに、なんともったいない!このまま豊穣神ヨールの微笑みの元に召されても悔いはありませぬ!」



 イッサクたちの周りにどんどん人が集まってきた。

 黒塗りの高級車のそばで待機しているミナの近衛たちも、こちらを見ている。

 焦るイッサクに、マノンがいった。



「よかったらうちに来ない?おじいちゃんがこうなったら、しばらくダメだし、その女の人も休ませてあげないと」



「いいのか?恩にきる」



 イッサクはマノンの申し出に飛びついた。

 イッサクたちはそそくさとその場を離れると、マノンを先頭にして、女主人の店がある路地とは別の路地へと入った。

 マノンはろくな街灯もない暗く狭い路地を、スイスイと進んで行く。なんとかついて行くデスノスは、すでに自分がどのあたりにいるのかわからなくなっていた。



「しっ」



 立ち止まったマノンが、口に人差し指を当てて、路地の向こう側の様子を窺ってる。

 イッサクもそっと首を出して覗いてみると、ミナの近衛の騎士が女主人の店の前に立って辺りを警戒していた。マノンの家は女主人の家の4、5軒となりだ。



「あと一歩なのにっ」



 ミナの護衛なら、流石にイッサクにも気がつくだろうし、身を隠していけるような、都合のいい物陰もない。イッサクはガリガリと頭をかきむしった。


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