第35話 袋の童貞は穴を目指す(4)
イッサクが頭をかきむしっていると、フラドランが前へ歩きでた。
「わしが注意を引くので、その間に」
「大丈夫なのか?」
「ダメやもしれませぬ。ミナ様の匂いを嗅げると思うただけで、もう心臓が止まりそうですじゃ」
フラドランが鼻息荒くしていると、マノンがイッサクの袖を引いた。
「大丈夫。こうなったおじいちゃんはもうダメだから」
「ダメなんだ‥‥」
話がつかないうちに、もうフラドランは女主人の店の前で深呼吸をし、「これがミナ様の‥‥、フォー!!」と奇声をあげていた。
二人の近衛は突如現れた奇人に面食らい、完全に注意を奪われてる。
このすきに、イッサクたちは、マノンの家に滑り込んでドアを静かに閉じた。
外からは「ヒーハー!!」とフラドランがキマってしまってる様子や、近衛が狼狽えている様子が聞こえてくる。どうやらこちらにはまったく気がついていないようだった。
「ミナ様に逮捕されるなら、おじいちゃんも本望よ。裸の王様と犬さんもあがってあがって」
マノンは笑って玄関を入ってすぐにの階段を駆け上がり、イッサクとデスノスもそれに続いた。
マノンの家は間口が3メートルほどの細長いつくりで、階段を上がってすぐにリビングに出た。
その部屋を見てデスノスは「ほう」と感嘆の声を上げた。リビングの壁が、王家の写真で埋め尽くされていたのだ。
「王家ファンってやつだな」
デスノスがヒスイをソファに寝かせている横でイッサクが言った。
「そのお姉さん、病気?」
マノンがヒスイの全身に広がる痣を痛々しそうに見ている。
「大丈夫だよ。そのおっさんの浮気にショックをうけただけだから」
イッサクがマノンの頭に手を置いていうと、デスノスが「ちょ、待て」と声を上げようとするが、デスノスのだらしなさが原因であることには違いないので、声も中途半端なところで止まってしまった。
マノンはジトッとデスノスを見やると「最低」と言い残し、キッチンへと行ってしまった。10歳とはいえ、それはもう立派な女の軽蔑の目だった。
デスノスはガックリと項垂れると、現実から目を背けるかのように、リビングに飾られた王家の写真をながめた。
全体の3分の2はミナの写真だったが、イッサクの祖父、2代前の国王の時代の写真もあった。
それらの写真の中央に、イッサクとミナの婚礼の時の写真が掛けられていた。
真っ白のウェディングドレスに身を包んだミナが馬車から手を振っていて、軍服姿のイッサクがそれに隠れている写真だった。
当時イッサク22歳。ミナは17歳。
この時のミナの可憐な花嫁姿は国民を熱狂させ、連日連夜ミナに関する報道がメディアを占拠した。
このミナの美しさを目の当たりにしただけで、この国の未来は明るいと誰もが信じた。そしてそれは正しかった。ただ、ミナの隣にいるのがイッサクからラブクラフトに代わってはいたが。
デスノスは写真の中の新郎と新婦の間に、何か息苦しさのようなものを感じた。この時はまだミナはラヴクラフトと不倫関係にはないはずだ。
「イッサクよ。お前、このときミナと喧嘩でもしていたのか?」
デスノスが写真を指差すと、イッサクも「おー」と顔を寄せた。
「ケンカ?なんで?俺もミナも笑ってるだろ」
デスノスは、写真を見ているイッサクと、写真の中のイッサクを見比べた。
写真の中のイッサクは、たしかに笑っているように見える。
だがそれは写真を見ているイッサクのヘラヘラした笑顔とはまったく別だった。
イッサクがある一枚の写真に目をとめた。
それは不鮮明で、黄色っぽく変色した、かなり古い写真で、神殿のような建物の前での儀式を撮ったものだった。
身につけている装束からして王族だろう。
時代は、300年ぐらい前だろうか。
イッサクは首を傾げた。
「なあデスノス、これどこだと思う?」
イッサクに聞かれてデスノスも見るが、場所に心当たりがない。
「王都であることは確かなようだが」
「こんな神殿なんてないぞ?」
「見ろ」
デスノスが写真の一点を指差す。
そこは神殿と街波の切れ目で、ぼんやりと背の高い建物が見えている。
「王城か」
デスノスの指の先にあるものにイッサクは驚き、他に手がかりは写っていないかと目を細める。
するとまた一つ、見覚えのがる建物を見つけた。
それはついさっき大広場で見た、蔦で覆われた青い屋根の館だった。
「もしかして、ここは大広場なのか……」
「あり得る話だ。大広場は100年前の戦勝記念に合わせて整備されとるしな」
しかしイッサクはまた首を傾げる。
いくら政務をサボっていたとはいえ、整備前の大広場にこんな建物があったなど聞いたことがない。王家にまつわる儀式についてなら、ミナと離婚するための工作で、論文を書けるほどの知識が身についたが、こんな儀式のことなど知らない。
使われている宝物や、装束に手がかりはないかと目を凝らすが、古く不鮮明な写真なので、細かいところまでわからない。
ほかにも気になることがあった。
儀式の列の中に、手を繋いだ高校生ぐらいの二人の少女が写っていたのだ。
他の者たちが厳しい装束を身に纏っている中で、その二人だけが普段着だ。
生贄のようにも見えた。
イッサクは、ふと、どこかで二人の少女の片方を見たことがあるような気がして、瞬きもせずに、じっと凝視する。だが二人の少女にはピントが合っていないので、少女たちの顔貌を見分けることすらできない。
ここの家主であるフラドランに話を聞ければいいのだが、まだ帰ってくる様子はない。
イッサクは腕を組んで、じっと写真の少女たちを見つめていた。
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