第33話 袋の童貞は穴を目指す(2)
ミナはあたりを見回すと、近衞を引き連れて女主人の店がある路地へと入っていった。
イッサクはミナの姿が完全に見えなくなるまで待ってから、蚊が鳴くように囁いた。
「逃げるぞ。あれに捕まったらゲームオーバーだ」
イッサクとデスノスは気配を悟られぬよう、息を殺してその場から離れた。早足10分ほど歩くと、イッサクは忿懣をぶちまけた。
「なんでラスボスがいるんだよ!」
「まさか執政官殿が直々に出てくるとはな」
「マジでそれな。ネズミ捕りに決戦兵器を持ち出すなってんだ」
「それもしてもえらく派手な車で乗り込んできたな」
デスノスは路地の入り口に横付けされた高級車の車列を思い出す。あれではまるで石油王の一行のようだ。
「おおかた取り巻きが気を遣ったんだろ。いつでもラヴクラフトと二人きりになれるように、ってな」
「なんだ、あれはそういう車か?」
「完璧なプライバシー保護に加えて、防弾、防ガス、ちょっとしたミサイル攻撃にも耐えられる、動くラブホテルだ。うちで埃をかぶっていたのを、ラヴクラフトが改造したんだけど、ミナもよく予算を認めたもんだよ」
イッサクは愚痴りながらも、どこか楽しそうだ。
「ミナはあの車で、お前を押し倒すつもりなんじゃないのか?」
デスノスが口の端じを上げると、イッサクは自分の腹を指差しながら鼻で笑う。
「もう散々やられたっつーの」
「そのくらいミナは本気だと言っとるんだ」
「だからってなんであいつが直接現場に現場に、しかもマダムの店に行く必要がある?」
デスノスは、おぶっているヒスイの顔を見て、おもむろに言った。
「見たかったんじゃないのか?この3ヶ月、お前がどんな生活をしていたのかを」
「プロファイルでもしようってか?」
「違うわ。馬鹿もん」
デスノスは首を振って、それ以上言わなかった。
イッサクも頭をガリガリと掻いて黙ってしまう。
なにはともあれ、まずはヒスイの呪いを解くための安全な場所を確保しなければならない。
イッサクとデスノスは、街の中心部から離れようと地下鉄の駅や、バス停を回ってみたがどこも警察官が目を光らせている。
主な通りには検問が置かれ、街の中心から出ることもできない。
いまや二人は袋のねずみだった。
しかも同じ袋の中にはヒスイを狙う亡者が溢れていて、包囲を狭められればひとたまりもない。
イッサクとデスノスは、早足で、かつ、周りの人の流れから目立たないように注意しながら、ともかく歩いた。
「朝になったらアウトだな」
デスノスがいうと、イッサクも頷く。
「いま俺たちが捕まらないのは、暗いのと、こんな格好でも周りと馴染んでいるからだしな」
イッサクは血まみれのつなぎ姿で、デスノスは服が切り裂かれ、至る所が血で汚れている。おぶられているヒスイもひどい有様だ。だが、今晩は死者が行き交う祭りの夜だ。イッサクたちの周りにも似たような客たちで溢れている。
夜が明け、この群衆はいなくなるまでに、ヒスイの呪いを解き、ラヴクラフトの包囲から逃れないといけない。
ヒスイを横にできる安全な場所を探して、二人は夜中の街を歩き回った。
しかし、行くあてのない二人は、結局、女主人の店の近くに戻ってきてしまっていた。
離れた場所から様子を伺うと、かなりの人が集まっている。どうやらミナを一目見よういうファンが集まっているようだ。
「あいつは愛されているねぇ」
「国王のお前には誰も気づかんのにな」
そのとき不意に、後ろから、イッサクの肩が叩かれた。
ぎくりとし、逃げ腰になりながら振り向くと、そこには赤いセーターとくるぶしまでのズボンを履いた、10歳ほどの女の子が立っていた。
「悪戯するからお菓子をちょうだい、裸の王様」
女の子はそういうと、ニカっと笑った。
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いつも読んでくださり、ありがとうございます。
日々のPVが1,000を超えるようになりました。
夢を見ているような気持ちであり、本当にありがたく、また大いに励みになっています。
誤字や稚拙な表現などお見苦しいところが多々ございますが、物語にピリオドを打つべくシコシコ書いております。
今後ともお付き合いいただけますよう、よろしくおねがいします。
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