第28話 ヘタレ夫&クズ亭主 vs 元人妻(2)
王宮の火事で騒然としていた大広場に、祭の活気が戻ってきた。
子供たちはお菓子を求めて駆け回り、男どもはナンパに勤しみだす。
その中を早足で宿に向かっていたイッサクが、広場中央の青い屋根の館のそばに差し掛かった。
館は近くで見ると、なかなか存在感のあるどっしりとした構えで、とても急拵えのハリボテには見えない。
中からは、さまざまな時代の死霊に扮した人たちがゾロゾロと出てきていて、まるで墓場をひっくり返したような有様だ。
ふと、イッサクは館の中が気になった。
人が出てくるばかりで、中に入っていく人を見かけないからだ。
イッサクが左手で館の門柱に寄りかかり、中を伺うと、突然、イッサクがもたれかかっていた門柱が、石を投げ入れた水面のように揺れはじめた。
「!?」
イッサクは慌てて飛び退いた。
門柱の揺れは、青い屋根の館に伝わり、館全体までもがゆらゆれと揺れた。
少しして揺れが収まると、青い屋根の館は、またどっしりとイッサクの前に建っていた。
周囲の人々は異変に気がついていない。
イッサクは右手でもう一度門柱を押すが、今度はびくともしなかった。
どういうことなのか。イッサクは自分の左右の手を見比べた。
右手はきれいだが、左手には自分でつけた十字傷と黒ずんだ血で汚れている。
「もしかして」
イッサクは左手で門柱を押した。すると門柱が揺れ、館全体も揺れた。
どうやらイッサクの血が、なんらかの影響を与えているらしい。
「ここの空間は傾いでいるのか?」
イッサクはデスノスのツッコミを待ったが、返事がなかった。
このときやっと、イッサクは、デスノスの巨躯が消えていることに気がついた。
振り返ると、デスノスは少し離れたところで、立ち尽くし、そうかとおもうと、突然、いま来た方へと走り出してしまった。
「おい!?」
イッサクは慌てて追いかけた。
デスノスは誰かを探しているのか、しきりに辺りを見回している。
人通りが少ない裏通りまで来て、イッサクはやっとデスノスに追いついた。
「どうしたんだ、いきなり?」
ゼーゼーと膝に手をつくイッサク。
デスノスはまだ辺りを見回しながら、半ば呆然として言った。
「……おやじ殿とおふくろ殿がいたんだ」
「はあ?」
イッサクは声を裏返した。
デスノスの両親は、10年以上前に他界している。
こんなところで歩いているわけがないし、第一それはデスノスが一番よくわかっているはずだ。
しかしデスノスは、夢にうなされたように、まだ亡き二人の姿を探している。
イッサクはヘラヘラと軽口を叩いた。
「屋敷をとられたお前を叱りに来たんじゃないのか?」
「……まったくだな。いまの俺には二人に合わせる顔がない」
デスノスがてきめんに意気消沈して、イッサクはガリガリと頭をかいた。
「見間違いじゃないのか?」
「二人が身につけていた揃いのネクタイとスカーフ、あれを見間違うとは思えんのだ」
イッサクとデスノスはその後も、裏通りの周辺を探した。
冷たく閉ざされた店の裏口が並ぶ通りは、夜半も近いこともあって、人の姿は少ない。
だが、デスノスの両親を見つけることはできなかった。
二人がいる裏通りには、夜の墓場のような冷気が漂い始めていた。
表通りからは、祭りの熱気が伝わってきている。
人の熱気と、死者の冷気。
斑になった街の空気は、とても不安定で、いやな予感が膨れ上がる。
「もう戻ろう。マジで怖いのに出くわしそうだ」
そのとき、二人の前に、一人の美女が立ちはだかった。
女は青いスーツを着て、長い金髪を後ろでまとめ、闇の中にシンと輝く銀槍を携えていた。
「ヒ、ヒ、ヒ……」
その美女を見て、デスノスが言葉にならない声を上げた。
イッサクは顔に手を当てて、うめいた。
「ほら。怖いのが出てきたじゃねーか」
その美女は、ラヴクラフトの側近で、デスノスの妻。ヒスイだった。
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いつもお読みくださり、ありがとうございます。
PVが20,000を超えました!
★が100を超えました!
本当にありがとうございます。嬉しいです。
それと同時に、これから先、皆様に楽しんでいただけるかどうかと、
むっちゃ緊張しております。
頑張って、最後まで書ききりますので、今後ともお付き合いいただけますよう
よろしくおねがいします。
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