第29話 ヘタレ夫&クズ亭主 vs 元人妻(3)

 ヒスイは豊かな金髪を揺らし、青いスーツで体の曲線を誇示して、二人の前に立っていた。

 まるで新しい自分を見せつけるかのようで、挑発するように嫣然と微笑んでいる。

 本当にきれいだった。

 デスノスなどは、初恋の相手にあったように顔を赤くしている。

 イッサクも、ほうっと感嘆の声をあげて言った。



「デスノスと別れて正解だったな」



 途端にデスノスが鬼面で睨むが、イッサクはどこ吹く風だ。

 ヒスイは美しく微笑み言った。



「王よ、どうか王城にお戻りを」



「あそこで俺がなにをされたか、知っているよな?」



「ラヴクラフト様のご命令です」



「命令?いまのあいつにそんな権限が?」



「……ミナの命令と思っていただいて結構です」



 イッサクがやれやれと首を振っていると、横からデスノスがおずおずと前に出てきた。

 そして地下の隠し蔵で手に入れた羽の首飾りを、ヒスイに差し出した。



「ヒスイ、俺が悪かった。だからこれを。気持ちばかりだが‥‥」



 すると、ヒスイは柳眉を逆しまにし、銀槍の柄で首飾りを叩き落とした。



「あなたのそういうところが、とても嫌いなんです!」



 デスノスが顔面蒼白、茫然自失の体でたちつくしたので、イッサクは大笑いした。



「いやまったくヒスイの言う通りだ」



「お前は一体どっちの味方だ!?」



「ヒスイに決まっているだろ」



 だがヒスイは、イッサクにも冷たい視線を向けた。



「国王。あなたも妻とまともに話すこともできないヘタレじゃないですか。そんなのだからネトラレ王なんて呼ばれるんです」



「……もうそれ俺の正式呼称なのか?」



 不名誉な称号に、イッサクもデスノスと同様に肩を落とす。

 ヒスイは意気消沈しているダメ男二人を睥睨しながら一喝した。



「デスノス!あなたがいま従うべきはラヴクラフト様でしょう!働きを見せなさい!」



 デスノスは、まるでヒスイを女王のように見上げた。



「イッサクを捕まえれば、帰ってきてくれるか?」



「うぉい!?」



 イッサクは血相を変えて、デスノスを振り返る。

 するとヒスイは、それまでの高圧的な態度は一転、優しくデスノスに微笑む。



「ええ。立派に働く人は好きですよ」



 デスノスはうつむき、イッサクから一歩、また一歩と離れていった。



「イッサク。すまん‥‥」



 そうして、デスノスはイッサクの背後をとった。



「マジかよ」



 前門に不倫妻、後門にダメ亭主。だが二人とも凄腕だ。

 ヒスイはデスノスの裏切りに満足して、胸元を紅潮させ、笑みを浮かべている。

 まるで蛇が笑ったかのようなその顔に、イッサクは震えた。

 それはラヴクラフトの愛撫を待ち焦がれるミナと同じ顔だった。

 ヒスイには、デスノスの元に帰るつもりなど毛頭ない。

 体よくデスノスを利用して、ラヴクラフトから褒美を期待しているのだ。



 一方で、イッサクは、そんなヒスイに感心もしていた。

 ヒスイはデスノス以上に、貴族であることに誇りを持っている。

 デスノスの放蕩に耐えてきたのも、そのプライドによるところが大きい。

 だからこそ、人の弱みにつけ込むなど、以前では考えられないことだった。

 だがいまのヒスイは、ラヴクラフトに抱かれるためならどんなことでもする女だ。

 セックスでここまで女を変えてしまうラヴクラフトが恐ろしいのか、それとも……。そこまで考えて、イッサクはまた身震いした。



 ヒスイが銀槍を構えた。

 銀槍は、自ら殺意を持つかのように、冴え冴えと輝いている。

 ただの槍ではない。

 その異様な雰囲気に、イッサクは目を眇めた。

 どこかで見た気がするのだが、いつどこで見たのか、思い出せない。



 後ろのデスノスが、じわりとプレッシャーをかけてきた。

 呼応するように、ヒスイもジリと間合いを詰めてくる。

 二人の呼吸はピタリとあっていて、まったく隙がない。

 こんなところで夫婦らしさを発揮しなくてもと、イッサクは他人事のように苦笑いする。

 


 イッサクは、前後に向かって、同時に、媚薬入りローションの瓶を投げつけた。手の内を知っているデスノスは、最小の動きでそれをかわした。

 一方、瓶の中身を知らないヒスイは、十分に距離がある状態で瓶を銀槍で叩き落とした。

 警戒した分、ヒスイのほうに僅かな隙が生まれる。

 それをみこして、すでに駆け出していたイッサクが、ヒスイの間合いの外を抜けようとする。

 だが、そのとき、イッサクの全身に悪寒が走った。

 ヒスイの目がイッサクへ殺気を放っている。

 なにかヤバい。



 イッサクが咄嗟に後ろに跳んだ、その直後、路地の壁が恐竜の爪が走ったように大きく裂けた。

 もし突っ込んでいたら、いまごろ首が飛んでいただろう。

 しかし、そこは銀槍の間合いの外のはずだ。

 デスノスの仕業でもない。

 ヒスイはイッサクを見据え、槍を構え直す。



「まずいな」



 ヒスイがなにをしたのかわからない。

 奇襲はもう効かないし、逃げ道もない。

 イッサクのヘラついた笑みが、わずかに強張り始めていた。




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