第26話 呪いの蔵でクズに小判(5)
隠し蔵を10分ほど歩き、やっと通路の行き止まりが見えてきた。
行き止まりには小さな木製のデスクが置かれていた。
イッサクはその机に近づき、横に回り込んだり、しゃがんだり、飛んで上から見たりと、念入りに調べ始めた。
「じいさんのことだから、どこに仕掛けがあるかわかったもんじゃない」と10分近く調べてから、やっと引き出しに手をかけた。引き出しには鍵がかかっている。
「鍵を探すか?」
デスノスがと聞く。すると、イッサクは「ふん!」と力を入れて、無理やり、鍵ごと、引き出しを引き抜いた。
「なんか普通の机だったわ」
言葉を失っているデスノスのまえで、引き出しを物色していたイッサクが「おおっ」と声を上げ、ひとつの黒い小瓶を取り出した。それはさっきの媚薬入りローションの瓶とよく似た形をしている。デスノスは不安になる。
「まさか、アダルトグッズがお宝だと言うんじゃあるまいな?」
「中身は別もんだよ。……よし、どうやら間違いなさそうだ」
イッサクは大事そうに黒い小瓶をポケットにしまった。
「ミッション終了か?」
「ああ。とりあえずお疲れさん。で、報酬の話だっけか?」
するとデスノスは、またイッサクに抱きつくんじゃないかという勢いで訴える。
「そうだ。その話だ。俺はあの羽の首飾りがっ」
「わかった、やるよ。やるから落ち着け」
「本当か!本当にあれをもらっていいんだな!?」
「ああ、童貞はウソつかない」
デスノスは目に涙を浮かべるほど感激し、次こそ本当にイッサクに抱きつこうと迫る。そんなデスノスにイッサクが言った。
「ここにあるやつ全部お前にやるから、自由に持っていけ」
「………?」
デスノスの突進が止まった。それから5回ほど瞬きをして、ゆっくり隠し蔵を振り返った。そこには、羽の首飾りと同等、いやそれ以上の至宝がぎっしりと詰め込まれている。
イッサクはこれらを「ゼンブヤル」と言った、ような気がした。当然デスノスは、何か勘違いがあったのだろうと考える。
「イッサクよ。俺は報酬の話をしているのであってな、ヤルとかヤらないとかそういう卑猥な話をしているのではないぞ?」
「お前は何を言っている?」
イッサクも眉根を寄せて首を傾げている。話題が宇宙で迷子になったような、居心地の悪い間がしばし続いた。
仕方がないのでイッサクはもう一度デスノスに言う。
「俺は、お前を雇う報酬に、この隠し蔵の宝物を、全部やる、って言ったんだよ」
「ここにあるものを?」
「ああ」
「ゼンブ?」
「そう全部。すべて。オール。一切合切、一から十まで」
するとデスノスは心から気の毒そうな顔でイッサクの肩に手を置いた。
「やはり、ミナを盗られたショックが。大丈夫だ。いい医者を知っているから、明日の朝行こう」
「俺は正気だっつーの!」
だがデスノスはやはりイッサクの精神状態を心配していう。
「ありえんだろう。国家予算規模の宝物をそっくりくれてやるんて、正気じゃない」
「お前にとってはそうかもしれんが、俺にとってはこっちの方が遥かに価値がある」
イッサクはポケットを叩いて見せた。デスノスにはさっきの黒い小瓶が、天文学的規模の宝物より価値のあるとは納得できない。
「GGレアとやらは、一体なんなんだ?」
「神の決定すら覆す万能薬だよ」
「そこまでして、ミナを殺したいのか?」
「ん?」
一瞬だけ、イッサクは冷たい真顔になった。そしてすぐに、へらへらと笑った。
「だから、あれは冗談だって」
イッサクは、さらに問おうとしてくるデスノスを置いて、さっさと出口へと歩き出してしまう。
デスノスはイッサクの背中を見やり、ため息をついた。
それから左右にうずたかく積まれた至宝の山を見あげた。
デスノスは、自分が金にだらしがなく、華美なものに目が無い男だということを自覚している。
だがこの報酬は、デスノスのキャパシティーをゆうに超えていた。見ているだけで胃が痛くなってきた。
デスノスはクズだが、国の騎士たる矜持がある。その矜持が、この宝の山は個人の享楽のために使うべきではないと教えている。
とはいえ、これをどう扱えばいいのか、デスノスにはとんとわからない。
イッサクの背中がだいぶ先まで行っていた。
デスノスは肩を落としつつも、とりあえず例の羽の首飾りをポケットにしまった。
そうしてイッサクの後をゆっくりと追いかけた。
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