第25話 呪いの蔵でクズに小判(4)
石でできた両開きの扉を開けると、中からもう一つの扉が現れた。
その木製の扉には、ドス黒くて赤い、シミのようなものが広がっている。
デスノスはひと目見て、それの禍々しさを直感した。
イッサクも「マジかよ」と顔を渋らせている。
デスノスが扉に手をかけようとすると、イッサクがその手を掴んだ。
「下手に触ると死ぬぞ」
イッサクにヘラついた笑みはない。
「知っているのか?」
「呪いだよ。宝物を荒らしにくる輩に災いあれってな。
開けるには、ちょっとしたおまじないがいる」
イッサクは、ナイフを取り出し、自分の左手のひらを浅く十字に傷つけた。
黒ずんだ血が広がっていくと、イッサクは手のひらを扉にぴたりとつけて、小さな声で言った。
「王命。弱きものよ退け」
扉の向こう側で金具が落ちる音がした。
イッサクがそのまま扉を押すと、扉は軋んだ音を立てて開いていく。
「いまのが、おまじないなのか?」
「多少の呪術なら無効化できる。我が家の秘伝だ」
そう言って中に入っていくイッサクの顔は、影になっていてよく見えなかった。
イッサクに続いてデスノスも、扉に触れないようにして中に入る。
中は明かりがなくて何も見えない。
イッサクが、パンと手を打った。
すると左右の壁が光り始めた。
光が蛍のように弱々しく、部屋の中を仄暗く照らし出すと、デスノスは目の前に現れた光景に「これは」と声を漏らし、見入った。
そこは車一台分の広さの通路が向こうが見えないほど続き、その両側に3階建てのビルほどの高さの棚がそびえる宝物庫だった。
棚の中には、金、銀、宝石が過剰に用いられた装飾品や家具がぎっしり詰まっていた。他にも、精緻な絵画、手作りであろう豪華な稀覯本、磨き上げられた人骨などもあった。
見栄のために浪費してきたデスノスには、これらが最高峰の宝物であることがすぐにわかった。声も自然に上擦ってしまう。
「これが、GGレアのお宝……」
「いや、ここは俺のじいさんのへそくりだ」
「へそくりだと?見えてる分だけでも、小さな国が買えるぞ?」
「不思議はないなぁ。うちのじいさんはケチで猜疑心が強くて、やたら溜め込んでいたから」
「ここを知っていたのか?」
「いや、たまたまだ。じいさんの隠し蔵は、誰も全容を知らないんじゃないか?関わった人間は一族郎党ことごとく不審死しているから」
ヘラヘラとして語るイッサクに、デスノスは言いようのない不気味さを感じた。
たまらず輝いている宝物に目を向けると、そこにかけられていた首飾りを見て、感嘆の声を上げた。
その首飾りは鳥の羽をかたどっていた。前面には無数のダイヤが敷き詰められており、羽の付け根にあたる箇所には、見たこともない大きさのサファイヤがあしらわれていた。
価格にすればいくらになるか?
使われている宝石はもちろん、それらを美しく取りつけ、羽の形に仕上げる技術、その職人を集め家族ごと養う資金、信用など、思いつく費用を積み上げていくだけで目が回ってくる。
その首飾りは、俗な価格をつけられることを拒絶する、まさに至宝だった。
これががヒスイの胸元で輝けば、どんなに美しく映えるだろう。
デスノスはこの首飾りを身につけたヒスイの姿を思い浮かべ、涎を流して陶然とした。
「な、なぁイッサクよ。さっきの報酬の件だがな」
デスノスは涎を袖で拭きつつイッサクの肩を叩く。
「俺の報酬には、あの首飾りをもらえないだろうか?いや、あれが尋常ならざる逸品なのはわかる。ラブクラフトの懸賞金の100倍どころの話ではないこともわかる。だが俺はあれをヒスイに贈りたいのだ、だから」
「どうどうどうどう!」
イッサクは、口づけするんじゃないかという圧力で迫ってくるデスノスの顔を押し戻す。
「報酬の話は、先にお目当ても物を見つけてからだ、な?」
「お、おう。そうだったな」
そう言いつつ、デスノスはまだチラチラと首飾りを見ている。
なぜこいつはヒスイのことがこんなに好きなのに浮気を繰り返すのか。非童貞の考えることはよくわからんと、イッサクは一人首を傾げる。
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