第24話 呪いの蔵でクズに小判(3)

  イッサクとデスノスは地下道を潜り抜け、どうにか最後の扉の前に辿り着いていた。石でできた両開きの扉の向こうに、GGレアのお宝が眠っている。

 だが、二人の前にはいま、全長が10m以上ある巨大な蛇が立ちはだかっていた。



「拳銃じゃ傷もつかん。イッサク!注意を引くからお前の剣でやれ!」



 イッサクは気乗りしない声で返す。



「でもこれ、訓練用のナマクラだからなぁ」



「何でそんなもの、後生大事に持っとるんだ!」



 デスノスの怒声に反応したように、大蛇が尾を叩きつけた。

 二人は間一髪でそれを避けると、大蛇の周囲を、お互い逆方向へ走り出す。

 大蛇はデスノスに狙いを定めて鎌首を上げ、尾は死角にいるはずのイッサクを威嚇している。



「後ろに目でもついているのか?」



 イッサクがいうと、デスノスが



「それならっ」



 と大蛇の赤い目に銃弾を打ち込むが、全部跳ね返されてしまった。



「目に鱗だな」



「クソッタレ!」



 デスノスは、イッサクの緊張感のなさに苛つきながら、さらに大蛇の左へと走る。

 大蛇もデスノスの動きに鎌首を合わせる。

 デスノス、大蛇、イッサクが一直線上に並んだ時、イッサクが大蛇の背後に向けて駆け出した。

 頭上から蛇の尾が迫るが、横に大きく外れた。

 イッサクは大蛇の背に飛び乗り、鎌首の後ろに向けてナマクラの剣を振り上げる。

 だが背後から大蛇の尾が帰ってきた。

 今度はドンピシャの精度でイッサクを強打し、そのまま背後の壁に吹き飛ばした。

 デスノスの横に落ちたイッサクは、すかさず飛び起きて頭に手を当てる。



「痛ってー。マジで後ろに目があんのか」



「いや、蛇は目よりも匂いや熱を感知する能力が発達している。それで全方向の探知をしているんだろう」



「まるで対空迎撃システムだな」



「やつのセンサーを攻略しないと、どうにもならんぞ」



「じゃ、こうしよう」



 イッサクはポケットの中からさっきの小瓶をいくつも取り出して、間伸びした声でいった。



「今週のびっくりドッキリ課金アイテム、媚薬入りローションで、ぐはぁっ」



 イッサクが言い終わる前に、デスノスの鉄拳が頭に落ちた。



「真面目にやらんか!」



「大真面目だよ!」



「そのローションで、あれ相手に童貞卒業するつもりかっ」



「俺はそんな高レベルな変態じゃねー……よっと」



 イッサクはローションの瓶を大蛇に向けって放り投げた。

 大蛇の鱗で瓶が次々と割れ、全身がローションまみれになっていく。



「援護しろよ」



 イッサクはそう言い残し、大蛇の正面へ突っ込んでいった。

 残されたデスノスは、イッサクへの文句全部を、ひとまとめに「クソ!」と吐き捨て、大蛇の目に向けて拳銃を打ち続けた。

 イッサクが迫り、大蛇は尾を頭上高く振り上げる。

 だがその反動で、ローションまみれの大蛇は大きくバランスを崩し、尾の狙いが定まらなくなった。



 イッサクは、鎌首に飛びかかり、ナマクラな剣を思い切り叩きつけた。

 その一撃は、鈍器の音とともに炸裂し、大蛇はたまらず床に倒れる。

 イッサクがさらに蛇の頭に向けてナマクラ剣を振りげる。

 大蛇は首を起こし、イッサクを丸呑みにしようと大口を開けて襲いかかった。



「デスノス!!」



「応!」



 次の瞬間、デスノスが大蛇の口の中に向けて、ありったけの弾丸をぶちこんだ。

 大蛇の首はぐにゃりと力を失い、そのまま床に倒れて動かなくなった。

 デスノスは素早く弾倉を取替え、拳銃を大蛇に向けイッサクを叱る。



「いきなり飛び出るな!間に合わなかったらどうする!」



「お前がそんなヘマするわけないだろ」



 イッサクは動かなくなった蛇の頭を叩いたり、目をつついたりしている。

 デスノスは「ふん」と鼻を鳴らし拳銃をしまう。



「なぜこんなのが王都の地下にいるのだ」



「ここが王都だからだろうな」



 イッサクは大蛇の口に頭を突っ込んでいる。



「どういうことだ?」



「王都には国王がいる。そして、歴代の国王たちは邪神の力を奮ってきた。その影響が出てるんだよ」



「邪神の力とは、こんな化け物を産むほどのものなのか」



「こんなのは、ほんのおまけだよ。こいつも元はただのアオダイショウみたいだし」



 イッサクは大蛇から頭を引き抜くと、腰の剣がずれているのを直している。

 デスノスはイッサクに聞いた。



「おまえ、なぜ魔法を使わん?」



「あん?」



「王族の端くれなのだし、昔はそれなりに使えておっただろ?

 この大蛇も、魔法を使えば、もっと楽に倒せたはずだ。

 なのに、ローションやら、そんなナマクラなど使って、どういうつもりなんだ?」



「俺は魔法を封印しているのさ。真に覚醒するその時までな」



 このとき、イッサクはくだらない事を考えている顔をしていた。



「一応聞いておいてやろう。なんだ、その真の覚醒というのは?」



「聞いて驚け。童貞まま30歳になったら、おれは真の魔法使いに……うぎゃ!」



 イッサクがすべて言い終えない内に、デスノスの手刀が炸裂していた。

 そうしてデスノスは、イッサクの腰のナマクラの剣を指差して言った。



「それ、見てもいいか?」



 頭を擦っていたイッサクは、「ん」と剣をデスノスに投げた。

 その剣は、かなり使い込まれていて、なかなかの存在感があった。

 イッサクは王城から逃げ出す時に、スマホとこの剣だけを持って出てきた。

 なにか特別なものかと思ったが、特に何の変哲もない、訓練生に支給される、ほどんど切れないナマクラだ。

 柄は交換したのか比較的新しいが、ほかは擦り切れる寸前まで使い込まれていた。古道具屋に売っても二束三文だろう。



 しかし、刀身は違った。

 手入れされ、鈍く輝く刀身には、訓練用のナマクラとは思えない雰囲気があった。

 デスノスはその雰囲気に妙な重さを感じた。

 試しに2、3回素振りをすると、その妙な重さのせいでうまく扱えない。

 重量は訓練生が持つものと同じはずなのに、振りが遅れてしまう。

 いや、心がこの剣におくれてしまう。そういう感覚だった。 

 この剣は間違いなく、何の工夫も、呪術も施されていない、ただの古い訓練用のナマクラだ。なのに、妙に印象に残る、なにかを持っていた。



「もういいか?」



 イッサクが手を出している。

 デスノスがナマクラを投げ返すと、イッサクはそれを自分の体の一部であるように、腰に帯び直した。



「そんな剣、飾りにもならんだろう?」



「俺にはこれで十分なんだよ」



 イッサクは笑った。ヘラヘラとではなく、古傷をごまかすような顔だった。

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