第19話 王妃ミナは、イッサクの夢を見る(4)
「ミナ。おい、ミナ」
まどろみのなかで声が聞こえる。
頬に人のぬくもりを感じる。
イッサクが帰ってきてくれたのだろうか。
ミナは夢と現の間で、この淡い期待に浸っていようとする。
だがイッサクは、ミナに触れてくれない。
その冷えた現実が、ミナを心地よいまどろみから一気に引き離した。
目を開けると、ラヴクラフトの呆れた顔がそこにあった。
「こんなところで仕事をしていたのか。風邪を引くぞ」
ラヴクラフトは、部屋に散らばっている書類を、ミナの仕事と勘違いしている。ミナはラヴクラフトの手をそっと除ける。
「ごめんなさい。そっちはどう?」
ラヴクラフトはミナの向かいにドカと腰を下ろして、大きく息をついた。
「側近以外は全員帰らせたよ。万霊祭の対応は、例年のテンプレの使い回しでなんとかできそうだ」
万霊祭は10月の最終週に執り行われる祭りで、毎年最大級の人出となる。
もともとは祖霊の帰還と豊作を祝う厳粛な祭りだったのだが、最近では街中が仮装をこらした人たちで夜通しあふれかえるのが恒例となっている。
酒も入るのでトラブルが絶えず、自然、それらを取り仕切るミナたちの仕事量も増えてしまう。
「それと、イッサクが見つかった」
「!」
気色を一変させて立ち上がったミナに、ラヴクラフトは顔の前で手を組んでいう。
「落ち着け。すでに警官隊を展開させている。網にかかるのも時間の問題だ」
「私が出るのが一番確実よ」
駆け出そうとするミナ。
ラヴクラフトはその手を捕まえて、低く重い声で言った。
「僕たちはイッサクを殺すべきだ」
ミナは無言で、ラヴクラフトの黄色く濁った目を見返した。
ラヴクラフトはミナの手を強く握り言う。
「この国は変わる。僕たちが変える。そのために最後の王族イッサクを殺さないといけないんだ」
ラヴクラフトに理想と殺人を同列にして語らしているのは、保身と権力欲だ。
ラヴクラフトはイッサクに告発されることを恐れている。
イッサクに敗北させられることを恐れている。
ラヴクラフトという男は、強欲で小心な、ふつうの人間だということ、ミナはよく知っている。
「イッサクは生かして利用したほうがいいわ」
「飾りに利用価値があるとは思わない」
「すべてを一度に変えようとしたらきっと失敗する。でも飾りを残しておけば保守派も、国王支持派もおとなしくなる。あなたはその間に着実に国を変えていけばいいのよ」
ラヴクラフトも愚かではない。理はミナにあることはわかっている。
だがミナの左手で静かに輝く指輪が目に入ると、ラヴクラフトは強く首を横に振った。
「いいや。奴は殺す。殺さないとダメだ」
そうしてラヴクラフトは、ミナをソファに押し倒したおした。ラヴクラフトの獣欲に火がついた。
「まだ奴を愛しているつもりか?」
「私はあの人を愛しています」
だがミナは目をそらした。
獣欲を顕にしたラヴクラフトに押し倒されただけで、体の奥が熱くなってしまった。
逃れようとして、ミナは体をよじらせる。
黒いスカートがずり上がり、ストッキングに包まれた白いなめらかな足が、だんだんとあらわになっていく。
ラヴクラフトは黙ってミナの健気な抵抗を眺めながら、内にいる獣をますます獰猛にさせていっていた。
ミナの上半身が逃れようとしたとき、ラヴクラフトはネクタイでミナの両手を肘掛けに縛り付けた。
「なにを……」
ミナはラヴクラフトを睨む。だがその目には期待と、欲情がありありとしていた。
ラヴクラフトは満足げに笑みを浮かべると、テーブルの上の書類を払い除けて腰を下ろし、縛られたミナの姿をじっくり鑑賞する。
ミナの緩やかなカーブを描く胸が、ニットの中で上下している。
黒いスカートの下で、食虫花のように白い足がうごめいている。
ラヴクラフトはミナのパンプスを脱がし、足の甲をそっと撫でた。
それだけでミナは切ない息を漏らす。
ラヴクラフトの指がくるぶしでゆっくりと回り、触れるか触れないかの繊細さで膝の裏を撫でると、ミナは息が熱くなり、顔は紅く上気していた。
なぜ指で撫でられただけでこんなにも切なくなるのか。
イッサクを裏切りたくないという思いが、こうもたやすく溶かされてしまうのか。ミナは自分の弱さを呪った。
だがミナの瞳は、ラヴクラフトを誘うように潤んでいく。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
いつもお読みいただきありがとうございます。
80フォロー
☆50
♡100
7000PV
本当にありがとうございます。
とても励みになっていますので、これからもよろしくおねがいします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます