第16話 王妃ミナは、イッサクの夢を見る(1)
月が高く登ろうとしている時刻。
王城で一番大きなダンスホールは活気にあふれていた。
百を超える人々はパーティーに興じているのではない。
ある者は島のように配置された机の間を、書類を抱えて忙しく歩いていた。
ある者は画面の向こうと激論を交わしていた。
ある者は山と積まれた書類を手際よく処理していた。
ホールの中央にはテニスコートほどのスペースが作られ、ミナの机が置かれていた。
いま、ここには国内のすべての情報が集められ、ここから全国に向かって指示が出されている。それらすべての中心に王妃ミナがいる。
このきらびやかなダンスホールは、王妃ミナの執務室であり、いまやこの国の頭脳であり心臓だった。
「国王の行方はつかめましたか?」
ミナは後ろの席を振り返った。
担当官が短く「まだです」と答えると、ミナは机の前で待っていた職員と向き合う。
机の前には30人ほどの職員が列をなしていた。
ミナは持ち込まれる案件ひとつひとつを的確に、かつ、ごく短時間に処理していくが、列の長さは縮まらない。朝からずっとこの状態が続いている。
ミナの激務は以前からのことだったが、この3ヶ月でその仕事量は10倍に膨れ上がった。
原因は無論、国王イッサクの失踪と、それに伴う政変である。
現在、王政の停止により、正常な政治のプロセスも停止されている。
しかし国民の生活はそんなことお構いなしに続いている。
政治が動かなければ、大げさではなく国が崩壊してしまう。
そのため王妃ミナを責任者として臨時政府が立てられた。
そして、すべての決裁をミナが行うことになっていた。
ミナの周囲の人間たちは全員これに反対した。
仕事量が馬鹿げたことになるのが、誰の目から見てもあきらかだったからだ。
しかしミナはすべて自分でやると頑なに主張し、周囲を黙らせた。
この3ヶ月間、ミナは国の一切を支えている。
王政のときよりも全体の効率が上がったくらいだった。
だがそれと引き換えに、ミナの時間のほとんどが臨時政府の仕事に費やされている。
ミナ個人の時間は、食事と入浴と睡眠ぐらいしか残されていなかった。
この日も、昼に20分ほど食事で席を外した以外、驚異的な体力と集中力で仕事を捌いていた。
ホールの入り口から歓声が上がった。
居合わせた女性職員全員がいっせいに振り返る。
ラヴクラフトと側近の一団がホールへと入ってきたのだ。
このホールはミナの執務室であると同時に、ラヴクラフトの選対本部も兼ねていた。
ラヴクラフトは職員たちを労っているが、その効果には男女によってはっきりとした差があった。
女性に対しては、まるで恋人か母親かのように真心をこめて言葉をかけるので、女性職員は疲れを忘れてさらに奮起する。
いっぽう男性の方ははおざなりにしかあつかわれないので、余計に疲れた顔になってしまう。
ラヴクラフトは、まっすぐミナの横に来ると、怒ったように言った。
「僕が出てからずっとやってたのか?」
ラヴクラフトは王妃であるミナと対等な話し方をするようになっていた。
そのことに疑問や不満を口にする者は、ここにはいない。
ミナは決裁待ちの職員から書類を受け取り、目を通しながら答える。
「万霊祭が近いのだから、このくらい」
書類にサインをして職員に指示を与え、次の書類を受け取ろうと左手を伸ばす。
その拍子に左薬指の指輪が静かに輝いた。
ラヴクラフトはわずかに顔を曇らせ、ミナから書類を取り上げた。
「祭りの準備なら僕たちでもできる。今日はもう休め」
ラヴクラフトは、そばに控えていたヒスイに書類を渡し、万霊祭についての指示を出す。ヒスイは指示を承ると、ちらりとミナを見てから、他の側近数名をつれて仕事に取り掛かった。
ミナは憮然とラヴクラフトを見上げる。
「わかりました。少し休んだら戻ります」
ミナは席を立つと、背後の席を振り返った。
「国王の行方は?」
担当官が首を横に振ると、ミナは「なにかあれば、すぐに連絡を」と言い残し、出口へ歩いていく。
「先に寝ていいからな」
ミナはラヴクラフトの声を背中で受けながらダンスホールを後にした。
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