第15話 元騎士団長は、妻に捨てられました(8)

 随分とこのガチャを回してきたイッサクだが、こんな通知は初めて見た。

 少し緊張して、通知の内容を読むと、手を振り上げて叫んだ。



「無料!無料!」



「何がよ?」



「だからガチャ一回無料だって!これなら回してもいいだろ?最後にするから、な!?」



 おやつをねだる子供のように、イッサクは女主人にスマホの画面を見せながら「な!?な!?」とせがむ。

 たしかに黒い背景の画面には、小さな標準フォントで”Free”と書いてある。

 女主人はその前後に書かれていることを隅々まで確認すると、ため息をついた。



「これで最後だからね?」



「っ!!」



 イッサク渾身のガッツポーズ。

 デスノスは「嘆かわしい」と顔に手を当てている。

 イッサクはカウンターにスマホを置き、深呼吸をした。

 手を合わせ、天を指差し、十字を切り、思いつく限りの神の名を讃え、右の人差し指を見つめ、ありったけの念と欲望を込めていく。

 目に常軌を逸した光が爛々と灯る。

 イッサクの必死さが理解できないデスノスが、恐る恐る声をかけた。



「そんなに重大か、それ?」



「人生かかってます」



「ミナのことよりもか?」



「比較にならん」



 デスノスはそれ以上何も言えなかった。

 イッサクは「お願いします、お願いします………」と繰り返し、もう一度深呼吸して、そっとスマホの画面に触れた。

 画面にはゲームらしいエフェクトはまったくない。黒背景に白いフォントで”Now loading……”と表示されているだけだ。

 イッサクは頭の上で手を合わせ、固く目を閉じている。



「あ、なんかでた」



 女主人が声を上げた。

 黒背景の画面の左上に、音もなく、白く小さな文字の列が現れた。



 ”You will die in a state of GOD's GRACE.”



「これって当たりなの?はずれなの?」



 女主人とデスノスが顔を見合わせる。

 すると後ろから、ガタンとな大きな音がした。

 イッサクが床に大の字になって倒れていた。

 即死したかのように、目と口を丸く大きく開けて、動かない。

 女主人とデスノスがそろりと近づいて、左右からイッサクの顔をペチペチと叩いた。



「おーい、イッサクー?」



 女主人の呼びかけにイッサクは反応しない。

 だが口が小さく動いていた。なにか呟いている。

 いまわの遺言かとデスノスが耳を近づけると、イッサクはすうと息を吸いこんだ。



「GGレア、キーーーーターーーー!!」



 イッサクは両手を突き出し、デスノスを吹き飛ばして絶叫した。

 ここ3ヶ月で一番の笑顔で「よし!よし!」とガッツポーズを繰り返す。



「何をそんなに喜んでいる?ああ?」



 デスノスが額に血管を浮かべてイッサクの首根っこを掴んだ。

 イッサクはそんなデスノスの怒りにかまわずに抱きついて、景気よく背中を叩く。



「何をって、GGレアだぜ!?GGレア!?

 当たったんだ。当たったんだ!

 マジで!希望が見えた!」



 この手の遊びに関して知識も興味もないデスノスは、宇宙人を見るような目になっている。

 女主人はイッサクのスマホを手に取り、表示されている文章をじっと見ていた。



「GGレア。God's Grace。神の恩寵……」



 そして興奮が冷めやらずにデスノスの手を取って踊っているイッサクに聞いた。



「ねえ、希望が見えたってのはなんのこと?」



 イッサクはくるくる踊りながら、女主人に振り向く。



「ええ?ああ、可能性だよ、可能性」



「玉座を取り戻すの?」



「いらねー」



「ラヴクラフトをぶん殴る?」



「興味ねー」



「じゃあ、何をするのよ?」



 イッサクは踊りを止めると、デスノスと女主人の顔を見た。そしてヘラヘラした顔を一変させ、いまままで見せたことのない凄烈な笑顔になって言った。



「大陸最強のミナを殺すんだ」



 瞬間、イッサクの全身から凍てついた殺気がほとばしった。

 近くから雷が落ちたような轟音が響いてきた。



 殺気と轟音。

 二つのプレッシャーに、女主人とデスノスは思わず一、二歩後ずさった。

 全神経がイッサクに釘付けにされてしまった。

 だがそれもつかの間。

 イッサクはまたヘラヘラとした顔に戻り、くるくると妙な動きで踊り始めた。

 それでもまだデスノスは首に冷や汗が伝うのを抑えられないでいた。



「”You will die in a state of GOD's GRACE.”

汝、神の恩寵の内に死ぬであろう、ね」



 女主人は一人呟くと、イッサクに声をかけた。



「イッサク」



「ん?」



「気をつけて、いってらっしゃい」



 イッサクはキョトンと、女主人の年齢不詳の美しい笑顔を見ていたが、ニッと笑う。



「ああ、いってくるよ」

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