第14話 元騎士団長は、妻に捨てられました(7)

「これを手放すのがどういうことか、わかっておるのか?!」



 デスノスは真っ赤になってイッサクの正気を疑うが、イッサクは顔色一つ変えない。



「もちろん。離婚するつもりだし」



「り、り、り!?」



 デスノスは言葉すら出なくなった。

 女主人も驚いて聞いてきた。



「イッサク、離婚するの?」



「ああ。いろいろ準備してきたんだよ。本当だったら今頃には表の離婚が成立していて、ラヴクラフトとの結婚にも間に合ったはずなのに。あの二人のおかげで台無しだ」



「表の離婚?」



 イッサクは左手を顔の前に上げて、薬指の根本を指差した。そこには赤い入れ墨を肌ごとむしり取ったような傷が残っていた。



「結婚の儀で結んだ呪術の赤い糸を切らないといけない。虫の知らせがくる程度の呪術だけど、直接会って解呪しないといけないから、すげーめんどくさい」



 そうしてイッサクはスマホと古びた剣を手にとって立ち上がった。



「んじゃ行くぞ、デスノス」



「待て!こんなものを受け取るわけには……」



 デスノスは指輪を手のひらに乗せたまま右往左往している。

 イッサクはデスノスの分厚い胸に、拳を叩きつけた。



「ヒスイに帰ってきてほしんだろ?

 だったら金だ。借金を返して、ヒスイに土下座してこい」



 イッサクは命ずるように言い放った。

 デスノスの胸にイッサクの拳の熱さが伝わってきた。

 デスノスは冷静さを取り戻す。

 そして指輪を握りしめると、イッサクの胸に拳を乗せた。



「わかった。お前の犬になってやろう」



 イッサクとデスノスはお互いの拳を合わせて、ニヤリと笑った。



「じゃあ、まずは……」



 イッサクはドアの外に首を出した。

 外には制服の警官が5人、こちらを取り囲むように構えている。この囲みを突破しないと外には出られない。



「最初の仕事だ。こいつらをなんとかしてくれ」



 デスノスは頷くと、拳をゴキゴキと鳴らして警官隊との距離を詰めていく。

 警官隊が一斉に銃口をデスノスに向けるが、デスノスは眉一つ動かさずに、はじめに一緒にきていた若い警官に歩み寄って言った。



「班長、悪いが俺はここから単独行動をとる。部長にはよろしく伝えておいてくれ」



 デスノスは、若い警官の手にしわくちゃの札束を握らせた。若い警官はデスノスの顔と札束をみて口をパクパクさせている。

 デスノスはずいと顔をよせ、無言で若い警官の目を見続けた。

 そして、熊のような大きな手を、警官の肩を包むように置いた。

 若い警官は、新兵のように顔を紅潮させ、まっすぐデスノスを見て「わかりました」と敬礼した。そうして札束を上着の内ポケットにしまうと、警官隊をまとめてそそくさと撤収していった。

 後ろで見ていたイッサクがつまらなそうにぼやく。



「警官を買収かよ」



「世話になった同僚への餞別だ。不満か?」



「いいや。上出来だ」



 イッサクはデスノスの肩をたたくと、女主人を振り返った。



「じゃ、ちょっといってくるわ」



 すると女主人は「ん」とイッサクに手のひらを突き出した。



「なに?」



「8000万」



「そんなもん俺を売った時点でチャラだチャラ!ラヴクラフトから懸賞金もらっとけ」



「それはそれでもらうに決まっているじゃない」



「が、がめつい……」



「しょうがない。ツケとくから、代わりにスマホを置いて行きなさい」



「は?やだよ」



「あのねぇ、そんなのばっかりしてたら本当に廃人になっちゃうよ。こっちによこしなさい」



「いいおっさんなんだから大丈夫だよ」



「ツケ、10倍にするわよ」



「ちょっと待って!?」



 女主人は相変わらず柳眉を立て、イッサクを見下ろしている。

 イッサクは、こうなった女主人になぜか逆らえない。「ゲームを止めないとごはん抜き」と言われた子供のように、抵抗する気が萎えてしまうのだ。

 だが、諦めたらそこでソシャゲ終了だ。

 どうしてもGGレアほしい。

 イッサクは再び奮い立とうとする。

 しかし、それより先に女主人が言った。



「手遅れになる前にやめときなさい。もうだいぶ持っていかれてるじゃない」



 イッサクは、目を大きく見開き、女主人の顔を穴があくほどに見つめた。

 女主人は「持っていかれている」と言った。

 このままで廃人になると繰り返してきた。

 まさか女主人はこのガチャを知っているのか?

 驚愕したイッサクは、女主人の年齢不詳の美しい顔が恐ろしくみえた。



 イッサクは諦めた。

 完全に抵抗する気力が無くなった。

 まだGGレアは出ていない。

 どうしても欲しかったが、やむを得ない。

 しぶしぶと、スマホを女主人に差し出した。

 イッサクは未練がましくガチャの画面をみやる。

 すると、画面の隅に、運営からのお知らせを通知する、赤い丸が現れていた。

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