第13話 元騎士団長は、妻に逃げられました(6)

 イッサクたちが振り返ると、開け放たれたままだったドアから、さっきの若い警官がこちらを覗いていた。応援を呼んできたらしい。



「そういえば、俺はマダムに売られたんだった」


 

 じろりと目をやるイッサクに、女主人は小さく舌を出す。



「で、どうするんだ、デスノス。俺はお尋ね者なんだろ?」



 イッサクが自分を指差すと、デスノスは困惑で眉を曲げる。



「お前を保護せよと、ミナの名前で全国に指示が出ている。懸賞金付きだ」



「保護ねえ。まあ、俺はもう王様じゃないからな。

 お前がどうしようと、誰も文句は言わない。

 もしかすると、お前のご主人がご褒美に、ヒスイとの間を取り持ってくれるかもしれんしな」



 イッサクの嘲りに、デスノスは一瞬怯んだ。

 だが、拳を握りしめ、イッサクの前に仁王立ちし、支給の手錠をイッサクの腕に回そうとする。

 イッサクは腕組みをしたまま、デスノスに問うた。



「ラヴクラフトからもらった金で、また女に貢ぐのか?」



「ちがう!俺はヒスイに帰ってきてほしい。そのためだったら犬と蔑まれようとも構わん」



 デスノスはイッサクの腕を掴む。その手は岩のように固い。

 イッサクはニヤリと笑った。



「だったらお前、俺に雇われろ」



 イッサクの腕を掴んだまま、デスノスは呆然とした。

 その困惑を見てとったイッサクは畳み掛ける。



「要は金なんだろ?

 犬呼ばわりされても構わないんだろ?

 だったら俺が雇ってやる。

 期間は1ヶ月。仕事は簡単な軽作業。

 報酬はラヴクラフトが出す懸賞金の100倍だ」



 100倍の報酬!

 借金の利払いどころか、騎士団長の座を買い戻すことすらできる額だ。

 地位さえ取り戻すことができれば、金の工面も楽になる。

 ヒスイも帰ってくるかも知れない。

 デスノスの心は大きく揺らいだ。

 だが同時に、デスノスをデスノスたらしめている矜持が、声を上げさせた。



「騎士を金で買おうというのか。愚弄するのも大概にせいっ」



 デスノスのイッサクの腕を掴む手が熱くなった。

 イッサクは冷めた声で言って聞かせる。



「固く考えるな。これはだだの副業だ。

 忠誠はラヴクラフトに捧げていても問題ない。

 だからおまえの立場が悪くなるようなことは頼まないし、全部終わったら、俺をラヴクラフトに突き出して懸賞金をうけとってもいい」



 デスノスはイッサクとの温度差に戸惑い、両手を広げて訴えた。



「そういうことを言っているのではない!

 俺とお前の関係を言っているんだ。

 お前に金で雇われたら、俺はもうこの国の騎士ではなくなってしまう!」



 怒りと嘆きがないまぜになった顔をするデスノス。

 イッサクは大きく、ため息をついた。



「あのなあ、忠誠は国と民のためにあるって、いつも自分で言ってたろ?

 お前はいままでも、これからも、まごうことなくこの国の騎士だ。

 だけど俺はもう王様じゃない。

 もう、そういうのに応えられないんだよ。 

 それともなにか?お前は、王様じゃない俺とは付き合えないというのか?」



「ば、馬鹿なことを言うな。俺はそんなものにこだわらん」



「だったら話は忠誠ではなく金だ。俺に雇われるか雇われないかだ」



「そ、それは……、だが……」



「ほら、受け取れ」



 イッサクは、ポケットから取り出したものを、拳ごとデスノスの胸に突きつけた。

 デスノスは手にとったそれをみて目を丸くした。

 それは目の冴えるような輝きを放つダイヤの指輪だった。

 貴族で洒落者で浪費家のデスノスでも遠目にしか見たことのないような、まして一般人は手にすることのない宝物だった。

 ラヴクラフトの懸賞金など比較にもならない。これ一つで一族郎党が一生遊んで暮らせる金が手に入る。

 想像を超える宝物に、デスノスの思考は麻痺し、熊のような巨躯は小刻みに震える。



「前金だ。当面はそれでしのげるだろ。

 ああ、換金には気をつけろよ。それ、いわくつきだから」



 いわくつきと言われて、デスノスは指輪に顔を近づける。

 リングの裏にイニシャルと5年前の日付が入っている。

 デスノスの顔がさっと青くなった。



「おま、これ、ケッコンの!?」



「そうだけど」



 驚きで片言になっているデスノスに対して、イッサクは平然と言ってのけた。






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