第7話 バーの女主人とのワイドショー談義(5)
女主人は、何も言わないイッサクの目に、揺れるものが浮かんだのを見て取っていた。
するとやおら腕を組んで、イッサクを見下ろして言った。
「そろそろ溜まっているツケを払ってほしいんだけど」
イッサクは目をしばたたかせて女主人を見上げた。
「え、いま?」
「そう、いま。そんなゲームに突っ込むお金があるなら、先にこっちの支払いを済ませるのが筋でしょ」
女主人は今までイッサクにそんな事をいったことがない。
イッサクはしばし女主人を怪訝に見上げていたが、女主人の目を見るに、どうやら本気のようだ。
「いくらだ?換金性の高いのいくつか持ってきてるからそれを……」
「現金で8000万」
「はあっ!?」
「貴金属や、ネットじゃだめよ。8000万をちゃんと現金で支払って」
思わぬ高額請求に、イッサクはたまらず立ち上がり女主人に詰め寄った。
「おいおいおいおい!ちょっと待て!なんだその請求額は!?超高級ホテルに滞在してもそうはならんだろ!」
「うちは超超一流店ですけど?」
「ええぇ……」
イッサクは店の中を見渡した。
女主人は、この首都の片隅の路地の奥底の客が10人も来ればいっぱいになる小さな薄暗いバーをして超超高級店だという。
イッサクはこの3ヶ月の間、この店に他の客が来たのを見たことがない。
「文句ある?」
「いや、まぁ、そういう気概は大事だけどさ」
「あんたはこの高級店で3ヶ月も寝泊まりしていただけじゃなく、私の治療と看護の提供を受けて、さらに警察や治安委員会から匿われていたのよ。8000万が法外だとは言わせないわ」
それを言われるとイッサクは分が悪い。
女主人をやっかいごとに巻き込んだのは確かだ。
こういう場での値段は、相場ではなく、二人の立場と関係から自ずと決まってくる。
「わかったよ。払うよ。ただ決済が現金ってのは何の冗談だ。そんなボストンバッグがパンパンになる量の札束を持ち歩くわけがないだろ」
「だめよ。きっちり紙幣で用意して」
「なんでだよ?」
「あんたがお尋ね者だからよ。
ここ最近、目付きの鋭いやつを街でよく見かけるようになったわ。
表立ってうごいていないけど、水面下では血眼であんたを探している。
そんな状況であんたの持ってる換金性の高い貴金属なんてうけとったら、すぐ足がついてこっちの身が危なくなるわよ」
「だったら3時間まってくれ。換金してくるから」
「だめ。いますぐ」
「分割払いは?」
「一括のみ」
女主人は腕組みをしたまま石像のように微動だせずにイッサクの要求をはねつけた。
イッサクは頭を抱えた。
女主人の言い分はその部分部分では筋が通っているが、全体で見ればハチャメチャだ。
もう言いがかりをつけられているとしか思えない。
本当にツケを払わせたいのかすら怪しい。
「さあ払ってちょうだい」
「ちょっと待って。いまなにかないか考えているから」
「5……、4……、3……」
「カウントダウンはやめろ!」
「2……、1……、はい終了ー。これから強制執行に移ります」
イッサクが身構えると、女主人は自分のスマホとりだして何やら操作しはじめた。
「なにしている?」
「通報しました」
「げぇ!マジかよ!?」
女主人はあっけらかんと笑った。イッサクの顔が見る間に青ざめた。
「言ったでしょ。ゴシップを売るよりいいネタがあるって」
「たしかにそっちのほうが高く確実に売れますよね!!」
イッサクは悲鳴を上げるように言うと、スマホと古びた剣だけを掴み取って駆け出した。
ちょうどその時、ドンドンと店の扉が叩かれた。
「すみませーん。警察のものですがー」
「早いなおい!?」
この国の警察はいつからこんなに優秀になった!?
一緒にピザの宅配もやればだいぶ財政が助かりそうだ。
イッサクは半ば現実逃避しながら、コマが回るようにして他の脱出口を探していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます