第6話 バーの女主人とのワイドショー談義(4)
ずんぐりとした古びたテレビには今度行われる選挙の解説が映っていた。
議会選挙は今回が初めてというわけではない。
王政のときから徐々に民主化が進められてきており、イッサクの治世では王がいてもいなくてもいい程度には成熟してきていた。
しかし今回の選挙は勝手が違う。
選挙の結果が直接国のトップの選択となるからだ。
結果によっては王政廃絶も含め、国全体が大きく変わることが予想されている。
国民の関心は非常に高く、メディアは連日選挙の研究や選挙後の予測を伝えていた。
選挙の主な勢力はラヴクラフトが率いる「共和党」と、特権階級や富裕層の支持者からなる政党「真王党」の二つだ。
だが最新の世論調査では共和党が8割の議席を獲得する勢いで、真王党を圧倒していた。
イッサクはあいからわずスマホの画面をリズミカルに叩きながら、ずんぐりとした古びたテレビの青白い画面を見ていった。
「なんでこんな面倒なことをしたかな」
「なんのこと?」
「ミナだよ。選挙なんてしなくても、自分が王になればそれでよかったのに」
「あんたが行方不明になって、中途半端な状況だからでしょうが」
「いやだからさ、行方不明なんて言わずに『王様は死にました』って言ってしまえばよかったんだよ。どうせ藪の中なんだし」
イッサクは無意識に胸の傷を撫でている。
「あんたが表に出てきて告発したときの用心とか」
「一人騒いだところで、あいつに黙殺されたらそれで終わりだ」
「自分とラヴクラフトと切り裂いた王政を終わらせたかったからとか」
「それだとミナがまだ王妃なのと辻褄が合わない。それに王政が倒れると特権持ちたちが騒ぎだしてややこしくなる。あいつらは女神より金を拝むからな」
「それにしても変な名前よね。シンオウトウって」
「金こそ真の王ってか」
テレビではその真王党の幹事長がカメラに向かって共和党批判を展開している。
禿げで、脂ぎっていて、高そうな三つ揃えのボタンが今にも弾けそうな腹をした幹事長は、ラヴクラフトの若さや経験不足、身分が低いことや、挙げ句には女受けしそうな見た目まで批判していたが、批判のどれもが内容に乏しく薄っぺらで、つまるところ、もてない男の僻みにしか聞こえなかった。
だが真王党にも同情の余地はある。
共和党の支持のほとんどはミナへの支持、信仰からなっている。
ミナがラヴクラフトを支えている以上、いくら彼を批判しようとも共和党への支持には全く影響しない。
ではミナを批判できるかといえば、そんなことできるわけがない。
ミナの名は国の平和と繁栄と同義なのだ。
これを批判できるものなどいるはずもなく、下手に噛み付けば国民の怒りを買い、逆に真王党が痛い目に会う。
テレビに写っている幹事長もそれがわかっているからこそ、ラヴクラフトへのやっかみ同然の批判をせざるを得ないのである。
「もう暗殺するしかないんじゃない?」
女主人が物騒なことを言い出すが、たしかにここまで一方的だと、そうするしか真王党には勝ち目がなさそうだ。
だがイッサクは女主人の意見をあっさり退ける。
「それならまずミナをなんとかしないといけないけど、それが一番難しい」
「大陸最強だもんね」
娘にすら嫌われていそうな中年男性が、女神とその恋人相手に戦わなければいけない姿に、イッサクと女主人は涙を禁じえなかった。
「この選挙が終わればラヴクラフトも国民的英雄だな」
イッサクはグラスに水を注ぎ、唇を湿らせた。
すると女主人は、ぽんと手をたたき、人差し指をイッサクの眉間に立てて言った。
「ミナ様が王様にならなかった理由。愛するラヴクラフトを王様にして、仕えたいからってのはどう?」
「仕えたい?あれほどの女が?」
イッサクはスマホの画面を叩く指を止めて女主人をみた。
「そう。この選挙はラヴクラフトを英雄にするための舞台なのよ。
庶民から見ればラヴクラフトがミナ様に命令を出すなんて許せない。
でもこの選挙で圧倒的支持を取ればラヴクラフトは晴れてミナ様と並んで立つ資格を得る。
そして首相就任式と結婚式を同時に行って名実ともにこの国の王様となれば、ミナ様が公私においてラヴクラフトに仕えることになっても誰も文句を言えないでしょ」
「そんな理由でここまでやるかぁ?」
イッサクは女主人の人差し指の先に目の焦点を合わせてより目になって唸った。
女主人の見立ては、ミナの女神や軍神や宝剣などと崇められる最強最高の女の姿からはどうもピンとこない。
だが寝室でラヴクラフトに抱かれ、辱められて情欲を燃え立たせていた姿を思い浮かべると、たしかに腑に落ちるものがある。
「好きな男の腕の中では、案外、普通の女だったりするもんよ」
「至言だな」
イッサクが目を閉じてしみじみ言い、そして再びスマホの画面をずリズミカルに叩き始める。
女主人はイッサクのスマホを覗き込んだ。
「それ楽しいの?」
「もうよくわからない」
「安くないんでしょ?」
「……まあな」
「やめたらいいのに」
「そうはいかない。GGレアが出るまでは」
「そのナントカが出たらどうするの?」
「やり残したことを片付けに行く」
「出る見込みは?」
「神のみぞ知る」
「さきに廃人になるわよ?」
「……」
「廃人になったら残された人はどうなるの?」
女主人がまっすぐイッサクの目を見てくる。
見透かしたように、そんなはずはないのに。
大事なことから目を背けているイッサクを咎めるように真っ直ぐに見てくる。
イッサクは指の動きを止めてスマホの画面に目を落とし、なにか答えようとする。
が、そのまま黙ってしまった。
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