第4話 バーの女主人とのワイドショー談義(2)
「ラヴクラフトってどういう男なの?」
女主人はカウンターに無造作に積まれている新聞や雑誌から、ゴシップ多めものを引っ張り出している。
「平民出身で仕事ぶりはそつなく真面目。能力は可もなく不可もなく。目立った功績もなかったけどミナが抜擢した」
「公式のプロフィールなんて誰でも知ってるわよ。彼がミナ様と幼馴染だってのもね」
「子供のときには結婚の約束もしていたらしい」
「そんなこと調べさせたの?」
「ラヴクラフトから直接聞いたんだよ。惚気話みたいにな」
イッサクが腕を組んで「ふむ」とうなずくと、女主人がため息をついた。
「なにをのんきに。それってラヴクラフトからの『あなたの奥さんはいただきました』って勝利宣言じゃない」
「……あっ」
「鈍い。どうもあんたは抜けてるわね。愛し合う二人を切り裂いた悪者ってわりには」
「どのメディアでも俺はそういう扱いだな」
イッサクもカウンターの上の新聞を手に取る。
ミナとラヴクラフトの関係についてはどの媒体も判で押したように同じことが書かれてある。
曰く、ラヴクラフトとミナは赤い糸で結ばれていて、国王がそれを邪魔していた。二人がいま結ばれようとしてるのは運命であり自然であり、やましいことは一切ないと。
ミナとラヴクラフトは交際についてなにも発表していないが、すでに事実上の国民公認カップルであり、ラヴクラフトの首相就任と同時に結婚式をあげるのではともっぱらの噂だ。
「なにかないの?ラヴクラフトついてメディアには乗らない話」
「関係者のあいだでは有名な話なんだけど」
「なになに?」
「ラヴクラフトはとても女好きなんだ」
もったいぶるイッサクに対して、女主人は鼻白んでテレビを指差した。
「そんなの、あれを見ればわかるわよ」
テレビにはラヴクラフトの演説の様子が映っていた。
特設されたステージの中央で、ラヴクラフトが熱く声を張り上げており、そのすぐ斜め後ろにミナが楚々と控えている。
その後ろには5人の側近が並んでおり、すべてが女性だった。
5人のうち4人はラヴクラフトに関する調査報告に記載されいた交際中の女性だった。
残りの一人も王城で顔をみたことがある気がしたのだが、イッサクが思い出す前に画面が切り替わってしまった。
側近たちは青でイメージを統一され、それでいて個々の魅力を引き出すようにそれぞれデザインされたスーツで身を包んでいた。相当のクオリティであることが古びたテレビ越しでも見て取れる。
「ああいうところにこだわる男って、だいたい女好きか、ゲイとかバイと見て間違いないわよ」
女主人がワイドショーのファッションコメンテータみたいに頷いていると、イッサクはそこに解説を付け加えた。
「あのスーツさ、ラヴクラフトがどうエロく脱がすかまで考えてデザインされてるんだぜ」
「脱がすって……、ラヴクラフトはミナ様と付き合ってるんじゃ」
イッサクは「ちっちっち」と気障に指を振った。
「3ヶ月前にはラヴクラフトはミナの他にあそこの4人と、さらに別の一人の女と付き合ってたんだ」
女主人は首をかしげる。
「えっと、いままでに5人と付き合ってきたってこと?」
「ちがうちがう。ミナと同時に付き合ってたんだ。たぶん今でもそうなんじゃないかな」
女主人はと目を丸くする。
「ということは……六股?」
「そう。ラヴクラフトはいま現在進行系で付き合っている女を周りに侍らせて選挙をヤッてるんだ」
「すごいわね」
そう言った後も女主人の口は半分空いたままになっている。
「まさしくハーレム王だ。
あいつは、どんなに忙しくても必ず週に2回は女の部屋に行ってちゃんと満足させてるんだ。
一晩に4人を相手にしてたときすらあった。
それでいて仕事はちゃんとやってくるもんだから、いつ寝てるのか不思議だったよ。
ミナとは毎晩会ってたから、あいつが睡眠をとるのはミナの体の上だけだったりしてな」
「あんた、それやばいわよ」
「まだまだあるぞ。
それだけやらかしてるのにあいつの周りには女性トラブルが一切ないんだよ。
強要、脅迫、金銭トラブルなど全くなしの円満解決。
薬物の使用や洗脳の可能性すら考えて、こっそりミナの状態を調べさせたけど異常なし。
特に秘密にしている様子もなくて、このぐらいの話なら関係者はだいたい知っている。
そういうとところも含めて、あいつはちょっとおかしい」
「そうね。おかしいわね」
「あいつは世界中のすべての女を自分の手で幸せにするって真面目に考えているらしくて、今までの行動全てその夢の実現のためにコツコツ頑張ってきた成果だって言うんだよ。
あいつのイカレ具合には一周回って男として感服したよ。
マダムもそう思わないか」
「私もそう思うわ。もう手遅れかも」
「だろ?いやーすげーわー。やべーわー」
イッサクが悪友の武勇伝を自慢するように笑うと、女主人が両手をカウンターに叩きつけて声を張り上げた。
「違うわよ!やばいのはあんたの方よ!ラヴクラフトも大概だけど、あんたのほうがずっとやばいわよ!」
「え……、なんで?」
アホ面をむけてくるイッサクに、女主人は顔に手を当て首を振った。
「あんた、なんとも思わないの?
ミナ様がずっと不倫していたことを知っていたんでしょ?
あんただけじゃなくて周りの人もみんな知ってたんでしょ?
だったら、みんなあんたをバカにしていたってことじゃない!
裏で笑われていたのよ?
自分の城で好き勝手やられてたのよ!?
そんなのふつう怒るでしょ!なんでそんなにヘラヘラしているのよ!」
イッサクは、自分がバカにされたかのように大声をだして憤慨している女主人の顔をじっとみて「うーむ」と首をひねって言った。
「そのほうがうまくいくと考えたからだよ」
「なにがよ?」
イッサクは女主人の目の前にスマホを突き出した。
「とにかくガチャを回したくて回したくてしかたがなかったからさ、仕事をミナとラヴクラフトに任せて、俺は自由を……」
「いいかげんにしろ!」
女主人が分厚い電話帳の角をイッサクの脳天に炸裂させた。
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