第4話 冒険者になろう!

「い、嫌だと言ったら?」

「じゃあ、出ていってもらうけど? 右も左も分からない世界で1人で生きていくって言うなら止めはしないよ?」


 シーリィはここで挑発的な笑みを浮かべる。なるほど、俺がこれで落ちると踏んでいるんだな。魔女からのお誘い自体は悪くないけど、こんな屈辱的な言葉を投げかけられて首を縦に振るほど俺は素直じゃなかった。


「ああ、出ていくさ。この世界でだって1人で生きていく事は出来るはずだ」

「あらそう? 後で泣きついても助けてあげないよ」

「絶対に戻らないから安心しな!」


 売り言葉に買い言葉。俺はシーリィに悪態をついて魔女の家を後にする。背後で怒号が聞こえてきたような気もするけど、振り返る事なく前を向いて歩き始めた。

 魔女の家はお約束通り森の中の一軒家で、人里に着くには深い森を抜けなければいけない。俺は危険な動物に襲われないように警戒しながら自分の勘を頼りに進んでいく。家を出たのが昼間だった事もあって、何とか危険な目に遭う事もなく森を抜ける事が出来た。


「ふう、ここからだな」


 森を抜けた先にあったのは一面の草原。如何にも異世界ファンタジーっぽい光景だ。武器とか装備していたならここで序盤の経験値稼ぎをするべきなのだろうけど、生憎今の俺は何も装備していない。モンスターに襲われる前に街まで辿り着かねば。


「しかし、街なんてどこに……」


 俺は顔を左右に振って視界内に街がないか確認する。しかしそれらしきものは全然見えなかった。空を見上げると一面の青に少しばかりの雲が泳いでいる。とても平和な光景だ。このまま草原に横たわって昼寝をしてもいい気がする。そう言うの、一度やってみたかったんだよな。

 寝転ぶのにちょうどいい場所を探していると、突然そいつが襲いかかってきた。音もなく近付いてきたそれは、間合いに入ったところでジャンプしていきなり俺の視界に入ってきた。


「うぉぉぉ! スライムだああ!」


 そう、俺がこの異世界で初めて出会ったモンスターは定番のスライム。表情のあるファンシーなやつじゃなくて、巨大なアメーバのようなキモいやつだ。体の中央にコアのようなものがある。多分それが弱点なのだろう。

 しかし、武装していない俺には攻撃の手段がない。飛びかかってきたスライムに対しては避けるしか手段がなかった。


「うわああ!」


 後ずさった俺は足を滑らせて転んでしまう。飛びかかってきたスライムは腕でガードして振り払った。ただそれだけで服は溶け、針で刺したような鋭い痛みが襲う。スライムですらここまでの攻撃力があるのかよ。

 俺はすぐに起き上がると、スライムをにらむ。そして、手を前に差し出した。ここが異世界なら魔法が使えると思ったからだ。


「ファイヤー!」


 しかし、俺の手からは何も放出されなかった。魔法のある世界とは言え、何も教えられていない状態で使えるほど簡単なものではなかったらしい。それに、俺に魔法の才能がないのかも知れないし。

 武器のない状態で魔法もないとなると逃げるしかない。武闘家なら武術で倒せるだろうけど、さっき振り払った感じだと俺にその素質はなさそうだ。


「うわああああ!」


 俺は情けない叫び声を上げなら走り出した。森に戻れば魔女が助けてくれるかも知れない。でも安っぽいプライドがそれを許さなかった。

 頭の中を真っ白にして走っていると、また何かにつまずいて転んでしまう。きっとスライムは背後にピッタリついてきているだろう。俺、折角異世界に転移してきたのにスライムに倒されて終わるのかよ。


 頭をガードして必死に縮こまっていると、襲ってくるはずのスライムの気配が全く感じられない事に気付く。不思議に思って起き上がると、そこには1人の青年が立っていた。


「大丈夫かい?」

「え? あ、モンスターは?」

「スライムなら倒したよ。どうやら君は訳アリなんだね」


 俺を助けてくれたのは冒険者のスリム。名前の通りにスリムな男だ。彼にお願いして街まで案内してもらう。初めて訪れた街は活気があって、俺もすっかり元気を取り戻した。

 スリムとは街に来た時点でお別れ。俺は街の様子を眺めながらこれからの事を考える。定番の流れで言えばやはり冒険者ギルドへの登録だろう。街につく道中で聞いたスリムの話によれば、そう言う仕組みはあるみたいだけど。


「でも、この街にギルドはあるんかな?」


 シーリィとはすぐに別れてしまったために俺は現時点で無一文だ。モンスターを倒していれば多少は資金も得られていたかも知れない。けど、ここで愚痴を言っても何もならないだろう。

 公園のベンチに座っていた俺は改めて立ち上がると、冒険者ギルドを探す事にした。転移した時に得たギフトなのか、会話は出来るし文字も読める。ギルドもこれで見つけられるだろう。……この街にあれば、だけど。


「あ、あった」


 冒険者ギルドはあっさり見つかった。ドアを開けるのには躊躇したものの、失うものは何もないと踏ん切りをつけて中に入る。ギルドの内装は異世界モノでよく見るお馴染みのそれだったので、俺は迷いなく中央奥の受付に向かった。


「えっと、冒険者になりたいんですけど」

「あ、はい。ではまず適正を見ますね」


 受付の人はそう言うと、ハンドボールくらいの大きさの水晶玉を取り出した。これに手を当ててレベルを見るってヤツだな。秒で理解した俺はすぐに右手を乗せる。その結果は俺の側からは見えなかったものの、受付の人が何かを書いていたので問題はないようだ。

 いつまで手を置いていいのか分からなかったので、俺は受付の人が書類を完成させるまでずっとそのポーズを維持していた。


「はい、基本書類は出来ました。基準値はクリアしていますので、ここにサインと登録料を払って頂ければ……」

「あの……お金はないんですけど」

「ああ、それでしたらクエストの報酬で支払うと言う事でいいですね?」

「お、お願いします」


 こうして俺は何とか冒険者レベル1になった。実際の俺のレベルも1で、異世界ファンタジーでよくあるチート展開は何ひとつなし。と言う訳で、最初は魔物と戦う必要のない採取依頼から地道にこなしていく。登録料を払って、武器もゲットして、魔物を倒せるようになって――。

 レベルが10になる頃、ようやく冒険者の生活にもしっくりしてきた。この街での暮らしにも慣れた頃、ギルドの掲示板で興味深い依頼を発見する。


「ダンジョンに眠るお宝を見つけて欲しい……か。報酬もいいな」


 推奨レベルは20以上。冒険者ランクB以上の依頼だった。俺のランクはまだD。すぐにはこなせないものの、このギルでドも高ランクの冒険者は少ない。転移者の俺は成長のスピードだけは早いため、頑張ればこの依頼を受ける事も出来るようになるだろう。

 そこで俺は効率よくレベルを上げようと、街を出てモンスターのよく出る北の廃墟エリアへと向かう。そこはかつて栄えていた街があった場所で、スケルトン系のモンスターがやたらと多く出没するのだ。


「うりゃあああっ!」


 こう言う亡霊系のモンスターには光魔法や白魔法が効果的。だけど俺は未だに魔法を使う事が出来なかった。教えてもらえば使えるようになるかも知れなかったものの、誰も教えてくれなかったのだ。魔法が使える世界ではあるとは言え、簡単に習得出来る世界観ではないらしい。

 なので、ひたすら愚直に俺はこの歩く骸骨を物理で倒していく。今のレベルでは強敵なものの、いずれは楽勝で倒せるようにもなるだろう。


 この修業の合間に周囲を探索していたところで、俺は廃墟とは別の遺跡を発見する。もしかしたらまだ発見されてないお宝もあるのかも知れない。俺は好奇心赴くままに遺跡の中へと入っていった。

 遺跡はゲームみたいなギミックがたくさんあって攻略は一筋で縄ではいかなかったものの、何故だか行く手を阻む敵が全く出て来ない。そのため、トライアンドエラーを繰り返している内に一番奥の重要そうな部屋の前にあっさり着いてしまった。


「ここまで楽に来れるって、逆に怖いな」


 俺はつばをゴクリと飲み込んでドアを開ける。ラスボスがいそうなその部屋にも邪悪な雰囲気はまったく感じられなかった。ただ、誰かそこにいるみたいだったけど。

 俺はこの遺跡で初めて目にする人影に近付いて、その正体を確かめる。剣を構えて警戒しながら進むと、先に相手に気付かれてしまった。


「おや? ハルトじゃないか」

「え?」

「あんた、まだくたばってなかったんだねえ」


 聞き覚えのある声に目を見開くと、その人物が一気に距離を詰めてきた。顔が分かるくらいにまで近付けば、流石に俺だってその正体に気付く。


「シーリィ?! どうしてここに?」

「私は遺跡の攻略さね。まぁその仕事も今終わったところだけど。それよりハルト! あんたの仕事は冒険者じゃなくて勇者だよ。鍛えてやるから戻っておいで。ちんたらやっていたら魔王がこの世界を魔界に変えてしまうよ。そうなったらおしまいだ。お前なら倒せるんだよ。さあ!」


 シーリィは俺に向かって手を伸ばしてくる。独学でのレベルアップにも限界を感じていた俺は、彼女の申し出に心が揺れた。今の生活も楽しいけど、魔王が世界を支配したら気ままな冒険者生活も出来なくなる。

 それを考えれば、シーリィの話に乗るべきなのだろう。



 やっぱ魔王退治すっかな

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649406301073

 知るかボケェ!

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330648992115588

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