第5話 ささやかな抵抗

 シーリィは俺の返事を待っている。魔女の強制力みたいなものが働いているのか、何も考えないでいると反射的に首を縦に振ってしまいそうだ。俺は無意識の衝動を自制心で何とか抑えつつ、このドヤ顔の魔女に反撃を試みる。


「あなたがそんなに強い魔女なら、自分で魔王を倒したら?」

「私は魔王の侵攻を止めるための結界を張ってるんだ。それに全ての魔力を注いでいるからね。これを止めて戦ってもよくて相打ちだろうさ」

「お、おう……」


 結構リアルな設定が飛び出してきて、思わず俺は言葉を飲み込む。だからと言って、俺以外では魔王を倒せない――と言うものでもないだろう。俺に魔王を倒せる素質があるのだとしても、俺がそれをしなくちゃいけないと言う事ではないはずだ。


「べ、別に俺じゃなくてもいいだろ? 少しだけ冒険者をして分かった。魔物って強いんだよ。ギルドで雑魚ランクに入っているやつと戦っても命がけだ。そんなヤツの大ボスを俺が倒せる訳がないじゃないか」

「だから鍛えてやろうって言ってんだよ。まさか嫌なのかい?」

「俺よりもっと適任者がいるはずだって言ってんだよ!」

「自ら英雄になるチャンスを捨てるだなんて、あんたはヒドく臆病者だねえ」


 俺のヘタレ宣言に彼女は呆れる。そうして、持っている大きな杖を俺に向けた。


「じゃあテストしてやるよ。あんたに魔王が倒せるかどうか」

「ああ、無理だと言わせる自信があるぜ」


 ここでダメ判定が出れば、俺は勇者の役目をしなくて済む。のんびりと平穏に暮らすために、俺はここで魔女に認められない結果を強く望んだ。


「じゃあ、行くよ」


 シーリィの杖から目に見えない何らかの力が放たれる。それに気付いた途端、俺の体は何かに摘まれるような感じで宙に浮いた。見えない水が空間を満たすような感覚に襲われ、俺はその力に溺れる。息が出来なくなって苦しい。


「うぐぐ……」

「そいつが肺を満たせば息は出来る。しばらく耐えな」


 確かに魔女の言う通りだった。見えない水はやはり水ではなく、とても濃いエネルギーのようだ。感覚的に言うと、とても気持ちが悪い。このエネルギーで俺の潜在能力を測定しているのだろうか。一秒でも早く開放されたい。

 俺は何とか体を動かしてこの空間から逃れようと藻掻く。頑張って空中を平泳ぎしていると、急にこの魔法が切れた。


「あーもう、何でじっと出来ないの! これじゃあ分からないよ!」

「いい加減にしろ! 俺はモルモットじゃねええ!」


 ぞんざいな扱い受けた俺は魔女に向かって突進する。彼女がその魔力を結界とやらに全て注ぎ込んでいるなら、少しは勝機があるはずだ。剣で斬り裂くのは不味いにしても、一発ぐらいは殴ってやる! でないと気がすまない!

 怒りの形相で殴りかかったところで、シーリィは呆れ顔で長い溜息を吐き出した。


「はぁ、あんたここまでバカだったのかい。失望したよ」


 彼女のひとにらみで俺は呆気なくふっとばされた。呪文も何も使っていない。これが実力の差と言うものか。俺の体は遺跡の壁に激しくぶつかり、強い衝撃で体中に激痛が走った。壁にも一瞬でいくつも亀裂が入る。


「ルルアには悪いけど、どうやら見込み違いだったようだね」

「うぅ……」

「あんたじゃ無理な事は分かったよ。可哀想だから戻してやる」


 気を失った俺が次に目を覚ました時、そこは見慣れた風景だった。どうやらシーリィが元の世界に戻してくれたようだ。戻れたのは良かったけど、失望されて返されるって言うのはあまり気分がいいものじゃないな……。

 体にダメージが残っていたので、俺はまたしばらく意識を失う。次に目を覚ました時には、黒猫に会ってからの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。



 愛想を尽かされた魔女に元の世界に戻されたエンド



 あとがき

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649434801415

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