第5話 逃げ出したその先で

 あちこちで爆発音と振動が襲う中、俺は怖くて部屋の隅っこで震えていた。ここまでの事をやっておいてただのイベントだったら逆に感心するわ。

 しばらく息をひそめていると、複数の足音が近付いてきているような気がして更に恐怖心が増してくる。一体実験室の外で何があったって言うんだ。


 部屋のドアはきっちり閉めていたものの、そこは現代地球の技術を再現したもの。ルルデュア星の科学力で押し切られれば簡単に開いてしまう。呆気なく解錠されたドアを開けて現れたのは、同じデザインの服を着た2人組の男達だった。

 俺は、知らない人間が勝手に入り込んできた時点でパニックになる。


「うわあああああ!」


 いつでも逃げられるように靴を履いていたので、俺はすぐにベランダに向けて走った。サッシを開けてベランダに出た俺はすぐにでも飛び降りようとしてしまったものの、自室は地上8階。そこは流石に踏みとどまる。


「えーっと、こっちか?」


 隣の部屋のベランダに視線を移し、何とか苦労して無事に移動。さっき自室に入ってきたのは一体何者だったのだろう。それも気になったものの、ここに留まっていてもまた追いかけてくるだろう。

 俺はこのベランダから部屋の中に入り、そこから脱出する事にした。幸い、サッシに鍵はかかっていなかったので靴のまま中に入る。そうして、速攻で廊下に飛び出した。


「よし、逃げられる!」


 安全を確認した俺はすぐにエレベーターに向かって走り出す。ビルに入ってきたのは俺の部屋に入ってきた2人だけしかいなかったのか、逃げている間は誰にも会う事はなかった。

 俺はエレベーターの中でホッと胸をなでおろす。


「さて、ここからが大変だぞ……」


 都市が襲われたと言う事は、この実験室を管理していた科学者やスタッフもこの状況に対応しきれていないと言う事だ。同じように襲われて、下手したら皆殺しにされているのかも知れない。そう言う状況だとすれば、救助は期待出来ないだろう。俺はエレベーターが一階に降りるまでの間に、これからの事を考える。

 まずは外に出て、部外者が入ってきたルートを探してそこから脱出。後は出たとこ勝負だ。生きていればきっと何とかなる。少なくとも、ここで無駄死にするくらいならギリギリまで足掻いてやる。


 プランが決まったところでエレベーターの扉が開く。目の前に広がる一階の景色。周りの建物はどんどん破壊されているけれど、幸い、このマンションはまるっきり無事のようだ。

 俺は持てる体力の全てを使って、一気に出入り口のドアに向かって全力疾走する。


「うおおおおおっ!」


 マンションを出た俺はすぐに周りを確認する。周辺で爆発は発生していない。今なら逃げられる。問題はどの方向に逃げるかと言う事だけど、何の情報もない以上、頼りになるのは自分の直感だけだった。

 俺は小指を口に含んで湿らせ、風の吹いている方角を確認する。意味のない行為だと分かっていても、極限状態において何かに縋りたくなるのは当然の事だろう。


「うおおおおおっ!」


 風のお告げを信じた俺は、吹き抜ける空気の流れに従った。そのルートにも部外者の姿はない。無人の都市を命懸けで走り抜けていく。この時、謎の高揚感が俺の体を包み込んでいた。

 無我夢中で走っていたその時、側面のビルが前触れもなくいきなり爆発する。俺はこの爆発で生じた衝撃をモロに受け、呆気なく吹っ飛んだ。


 あ、死ぬな、これ――。



 それからどれだけの時間が経っただろう。気が付くと、俺の視界には知らない天井が映っていた。そして、寝かされた俺の横には知らない女性が座っている。一体これはどう言う事なのだろう。

 起き上がろうにも起き上がれないので顔だけ横に向けると、その女性が優しく微笑んだ。


「良かった。気が付かれたのですね」

「えっと、ここは?」

「ここは病院です。あなたはボロボロの状態で川を流れてきていたんです。体が酷く損傷していたので、ほとんどを入れ替えたんですよ」

「そ、それはどうも……」


 彼女の話によると、俺は重症の状態で発見されてすぐに病院に運ばれて治療を受けたらしい。手術は無事に成功。そして、今目覚めたと言う事のようだ。


「私はクワトワ。あなたは?」

「俺は……俺は?」


 俺は自分の名前を口にしようとして、その記憶が失われている事に気付く。どうやっても名前が思い出せなかった。これは、記憶喪失と言うやつだ。思い出そうとすると、名前以外にも様々な記憶が欠落していた。

 自分は何者なのか、どうして川を流れていたのか、どうして重症を負ってしまったのか、今いくつなのか、どこ出身なのか、家族はいたのか――。


 頭を抱えて苦悶していると、彼女は俺の背中を擦ってくれる。その優しさを感じた俺は思いっきり涙をこぼす。記憶を失った事で、何もかも失ったと言う喪失感に包まれたからだ。

 クワトワは俺の悲しみを全て受け止めてくれた。記憶をなくした事を伝えると、回復にも献身的に協力してくれる。けれど、戻らないまま退院の日を迎えてしまった。


「記憶、戻らなかったね」

「もういいんだ。俺はここで生まれ変わった。ゼロから生きて行くよ」


 記憶をなくした上に生活の基盤を何も持っていなかった俺は、クワトワの薦めで仕事を見つけ、地道に生活を始める。やがて彼女といい感じになって付き合い始め、結婚して家庭を築いた。

 その後も色々あったものの家族で助け合い、幸せな一生を送ったのだった。



 助けてくれた人を好きになってこの星で幸せに暮らしたエンド



 あとがき

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649434527864

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