第5話


 仕事終わりの飲みではよく飲んだ。二杯目に注文したレモンサワーが美味しかったからかもしれない。無糖で香りがよく、なにかのフライと相性抜群だった。最初の一時間の飲む量で顔の赤くなり方が違うね、と親しい友人に言われたことがある。今日の酔い方はどうだろう、と左手で頬を触るけれど、熱いばかりで色は見えない。サイダーをそのまま頬に押し付けたい衝動に駆られた。しかし会計が済んでいない。 

 さっきからレジでは年配の男性と、若い長髪長身の店員、このコンビニの店長らしき人物が揉めているようだった。揉め事の詳細を知りたくなる。これは職業病。ただ、先程から男性の怒号がすごい。そのせいで否が応でも絡まれたときのリスクを計算してしまった。そうなったらしかたがない、と心の準備はしていた。

 店内の冷気で、吐く息は瞬時に冷えていく。わたしはアイスが並ぶ冷凍庫のそばで品定めをするふりをしていた。

 「24番っつっただろうがよ、バカが。」

 客側の文句が聞こえる。わたしは白くまアイスのいちごについた小さな種を凝視しながら、店内の宣伝ラジオに耳を傾けていた。ホットスナックコーナーのチキンがお安いらしい。買おうかな。食べ合わせが悪いだろうか。

 「お客様、24番のおタバコはこちらにございます。まあ今回はですね、お代は結構ですのでね、一度お家の方でゆっくりご確認していただけないでしょうか。」

 店長は営業スマイルを保ったまま、冷凍庫を凝視するわたしにチラリと視線を送っていた。

 不自然に立ち尽くしすぎて気を遣われてるのだろうか。視線をわたしに送るだけでは多分あの客の怒りは収まらない。半端な配慮のせいでありがたさと一抹のドキドキとが入り混じった感情が湧き上がってくる。店長さんは客がわたしにキレかかってくる可能性に考えが及んでいるのだろうか。

 「なんだ?!終わってねえのにもう次の客のこと考えてんのか?!」

 ほらこうなった。

 わたしはひとまずレジと正反対のドリンクが陳列されたレーンへと退避した。離れてもまだ老人の鼻息が荒いのがわかる。ショルダーバッグに入った財布を確認するふりをして少し遠くなった火元に目をやると、その瞬間老人が再び怒り出し、わたしはたまたま目に映った「爽やかジャスミンティー」のラベルの製造元の欄を見つめていた。静岡だった。なんとなく水質が良さそうだ。



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