第6話
「まだ終わってないだろ?!あ?!」老人は最大火力で声を振り絞った。小柄な方ではあったけれど、下手をしたら怒りの熱量でタバコに火がつきそうな勢いの声量だった。彼は件の24番のパッケージを若い店員に向けて投げつけていた。
宙に舞った24番――
店長は、唇を真一文字に結びながら目を見開いた。どうかこれ以上は何事も起きず終わってくれと言いたそうな表情で固まっていた。わたしは大きな冷蔵庫の前に佇みながら、身体を退避してきたはずのレジ方向に向けていた。
事態が思わぬ形で急転したのはその後すぐだった。
「申し訳なかったっす。間違えたっす。すみません。」
空気が止まった。
「いや、マジで、ホントに!申し訳なかったっす。すみません!」
時折目元まで隠れるほどの長髪をゆらしながら、若者は目をつぶって再度謝っていた。
わたしも店長も老人も、まばたきをしながら聞こえた音を反芻していた。
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最も簡素な謝罪の言葉に、おそらく老人が一番面食らっていた。店長は真一文字だった唇を小文字の「o」の形にして硬直している。若い店員は謝ったあとは異様なまでに落ち着いており、これ以上何か言葉は持っていないようだった。
これ、なんとかしなくちゃ。
いや?そんな必要ないかな。
いや、なんとかしなくちゃならないのかも。
素早く数度まばたきをして、わたしは半分無意識で手元のペットボトルのラベルを引っ掻いて破き、大声で話しだした。
「店員さんすみませーん、このサイダーなんですけどラベルが剥がれてます!」
これを機と捉えた店長が眉毛と腕を上に動かしながらすかさず答えた。
「お客様申し訳ございません!私の方でそちら裏から新しいお品物をお持ちいたしますので、破損したお品物を持ってきていただけますでしょうか?!」
おお、ああ、ハイハイ、みたいな相槌を漏らしながらレジへ向かった。なんとかなるだろうか。
老人はまだ、若者の方をじっと見つめていた。表情は怒り、驚きから変わっていき、最後にはどこか恐縮したような顔になった。
結局その後店長とわたしがラベルすみません、いやこちらこそすみませんねーと謝りあって、老人はなんとなくその場の状況に飲まれる形で静かに退散していった。
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