第43話


「お兄ちゃんまだかなー。」


私はお兄ちゃんに言われた通り、離れた所で待っていた。

お兄ちゃんは強いから負けたりはしないと思うけど、それでも心配だな。

まぁ、速すぎて何が起こっているのかは分からないけどね!


しばらくするとお兄ちゃんの刀があの男の人の胸を切り裂いた。


「あ! 勝ったのかな!?」


お兄ちゃんはその男の人に話しかけている。

私はもう大丈夫だと思ってお兄ちゃんの所へと行こうとする。


具現大口


その男がその言葉を呟いた瞬間、お兄ちゃんが消えた。


「え…………?」


お兄ちゃんが消えた。


お兄ちゃんが消えた?


何が起こっているのか分からない。


「お兄ちゃん?」


私はお兄ちゃんを探す。

周りを見てもあるのは白と気持ちの悪い笑顔をした男の人だけだった。

こいつが。

こいつがお兄ちゃんを何処かにやったの?


お兄ちゃんが何処にいるのかこいつに聞いたら分かるかな?


「ねぇ! お兄ちゃんどこ!?」

「あはっ! あははっ!」

「ねぇってば!」


私はその男を叩いた。

その男は私を見る。


「んー? これはそこまで美味しそうじゃないけど…………まぁ、食べようかなー。」

「何言ってるの?」


男の人は私の事を食べると言った。

私は食べ物じゃ無いんだけどなんで食べようって思うのかな?

不思議。


「あれ、何これ噛めない?」


男の人は口をモゴモゴさせながらそう言った。

男はぺっと何かを吐き出した。


カランカランという音がなる。


「何…………これ、これはお兄ちゃんの指輪だよね。お兄ちゃん。食べられちゃったの?」


そういえばお兄ちゃんがいなくなってからこいつはずっと口をモゴモゴさせていた。

まさか、お兄ちゃんを食べていた?


「死ねっ!」


私はお兄ちゃんに貰ったナイフでその男を刺そうとする。


バリンッ


ナイフが砕け散る。

私が持っていたナイフの場所には男の顔があった。


「お兄ちゃんを返せ!」


ナイフが無ければ殴るまでだ。


私はこいつの顔に向かって腕を振るう。

だが、その拳は男の顔を傷付けることは無かった。


男の顔があった場所に男の顔は無く、男の顔は私の手の前にあった。


「あれ、これも食べれない。また大口開けて食べなきゃ駄目なのかな?」


男は少し離れようとする。


「まて!」


こいつは絶対に許さない。

お兄ちゃんは…………。


それを考えようとすると、体が動かなくなる。


またか。

お母さんとお父さんは気がついたら居なかった。

お姉ちゃんもゴブリンに殺されちゃった。

そしてお兄ちゃんも…………。


「いや! お兄ちゃんが死ぬ訳ないよ。だってあんなに強いんだから!」


最悪の結末を考えてしまうが、その考えを無理やり考えない様にする。


具現大口


男はそう呟いた。


お兄ちゃんはこいつがそういった瞬間に居なくなった。

私もお兄ちゃんの所に行けるのかな?


私の体に衝撃が走る。


痛い。


だけど、これでお兄ちゃんと会えるならこんなの耐えられちゃう。


「お兄ちゃん。」


居なくならないで。


独りは辛いよ。


お兄ちゃんとの思い出が何個も何個も頭の中を流れて行く。


「あ、結局キス出来なかったな。」


キスだけじゃない。

まだまだやりたい事があった。


「お兄ちゃん。」


私は願った。


ピチョン

ピチョン


涙が何滴も何滴も流れ落ちる。


ズズズ


「え?」


今、私の下で何かが動いた。


「お兄ちゃん?」


私は直感で今動いたのはお兄ちゃんなんだと確信した。

黒い何かが集まって形を作って行く。

それはお兄ちゃんの声のようで、お兄ちゃんの声では無いような声で呟いた。


夢食バク


その瞬間、私の涙が止まった。


黒い何かが眩い光を放ち出す。


その黒い何かは急激に人の形を成した。

お兄ちゃん。

確かにそれはお兄ちゃんの形をしていた。

だが、何かが違う。


「おー、この子が…………べっぴんさんだなぁ。」


お兄ちゃんの形をした何かがそう言った。


「あなた…………誰? お兄ちゃんを返してよ!!」

「お、すまんすまんちょっと待っててくれ。。」


私はその言葉に歓喜する。

もう私はその言葉に縋るしかないのだ。


【щтвлни вышй влти 《食》】


周りの闇が溶けていく。

私の体に走る痛みも無くなっていった。


「あ…………れ、何で食べれないの?」


お兄ちゃんを食べた男がそう呟く。


そうだ! お兄ちゃんは何処!?


私が周りを見回すとお兄ちゃんは私の足元に居た。


「お兄ちゃん!!」


私はお兄ちゃんに駆け寄った。

お兄ちゃんは地面に倒れ込んでいる。

お兄ちゃんの肌に触れると、じんわりと暖かい。

命がある証拠だ。

私の眼から涙が溢れ出る。


「お兄ちゃんだぁ! 居なくなってなんかなかった! お兄ちゃんは生きてるんだ!」


私はお兄ちゃんを抱き締めながら叫んだ。

いつもはお兄ちゃんがしてくれる事を今は私がやってあげるんだ。


お兄ちゃんはいくら揺さぶっても目を覚まさない。

だけど、お兄ちゃんは確かに生きている。

それだけで十分だった。


「ああああああああああああああああああああ!!!!」


男の叫び声が聞こえる。

耳障りだ。

今はお兄ちゃんの心臓の音だけを聞いていたいのに。


「何で、何で食べれなくなったの!? 嫌だ! まだ食べたい!」


男は自分の指をガジガジと齧りながら叫ぶ。


「そうか、そいつに手を出しちゃ駄目だったんだ…………けど、最高に美味しそう!」


こいつはまたお兄ちゃんを食べようとするのだろうか?

私は力を振り絞ってお兄ちゃんの前に立ちはだかる。


「またいつか、絶対に食べる! 絶対に! けど、今は無理だ。げど、いや。」


男はブツブツと何かを言っているが、何を言っているのかは分からない。


「もっと食べれるようになったらまた食べに来よう。」


男はそう言うと階段を降りていった。


行った?


よく分からないが、男はお兄ちゃんを食べたりはしなかったようだ。


グラリ


私の視界がズレる。


私はお兄ちゃんに抱き着くように倒れ込んだ。

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