第29話 バケモノの正体 その2

『2031年7月6日未明。神奈川県秦野市三廻部はだのしみくるべ鍋割山なべわりやまのふもと、勘七の沢に、未確認飛行物体が墜落した』


 山月は、スマートフォンに表示された検索結果から、目が離せなくなった。オカルト雑誌に掲載されていた記事である。


「きょ、今日は、確か、2034年7月5日だったよな?」


『付近に、奇怪な生物が倒れていて、生存していたとの噂がある。この生物こそが、国の戦略的研究機関JSRAジェイスラがコードネーム・ナインと名付けた宇宙人だと言われている』


「こ、この記事に出てくるのは、さっきの、消えたバケモノなのか?」


 ナインは、こっくりと頷いた。


「ナ、ナイン……キミは、宇宙人なんかじゃなかったんだ……」


 山月は、顔を上げ、ナインを見つめる。ナインも、まっすぐに山月のことを見ていた。


「私が、キミを生み出したというのか? それで、キミは、飛行機を操縦している時に、雷に打たれて、三年前に、タイムリープしたというのか?」


「その雷も、ヤマヅキの忍術で起こしたものだけどね」


「キ、キミは、いつから? いつから、どこまでわかってたんだい?」


「ヤマヅキに再会したときから、ああ、この人は、産んでくれた人だって、分かってたよ。だから、あの時は、ちょっぴり、嬉しかったんだよ。産んでくれたことは、感謝しかないから」


「そ……そ、そうだったんだ……。じゃ、じゃあ、雷に打たれたのは?」


「それは……。産んでくれた人が、やったんだろうなってことは、なんとなく悟ってた……。私を葬りたかったんだろうなって、厄介だからなんだろうなって。でも、その気持ちはわかるし……。だから、そんなことは忘れた。憎んでないし、全く気にしてないよ」


 熱いものがこみ上げてきて、山月は、泣きそうになった。


 生みの親とはいえ、山月は、一度、ナインを消し去ろうとした。

 ピンチを救ってくれたというのに、この先、わずらわしくなるということから逃げたくて、飛行機ごと、葬り去ろうとした。


 それに気づいていたはずなのに、ナインは、山月との再会を喜んでくれた。

 産んでくれた悦びだけを残して、それ以外の憎しみは消し去って。


「ただ、生まれてすぐ、誰を助けようとして暴れてたのかは、さっきまで忘れていた」

 ナインは、草むらの中から、何かを拾い上げた。キラリと日光を反射したそれは、短刀のようだった。

 短刀を眺めているナインが、寂しそうな表情をした。

「私は、この私自身を助けようとしてたんだね……」


「ど、どうしたんだ? なんで、そんな悲しそうな顔をするんだ?」


「私は、老いぼれた……。年とっちゃったなって、産まれたての自分の強さを見て、悲しくなっちゃったよ」


 ナインが、山月に短刀を手渡した。首を傾げて、ナインが口を開く。


「なあ、ヤマヅキ、私を殺してくれよ。私を産んだ、ヤマヅキには、その権利がある。この先、私が生きていても、ヤマヅキには災いしかもたらさない……。やっぱり、私は、厄介な存在なんだ……。キミの直感は、正しかったんだよ。なあ、刺し殺してくれよ、ヤマヅキ」


「ふ、ふざけんな、バカヤロウッ!」


 山月は、力いっぱい、ナインをぶん殴った。

 倒れたナインに馬乗りになって、顔を近づけて叫ぶ。


「こんな、孤島で、一人きりになるのなんて、嫌に決まってるじゃないか。ナイン、めったなことを口に出すんじゃない。オマエは、私の友達だ。なんにもない孤島だけど、二人なら、楽しくやっていける気がするんだ。キミもそうだろ? ここでの毎日を、楽しもうじゃないか、なあ!?」


 ナインは、横を向いて、涙をこらえているようだった。

 なぜ、ナインが死にたいと思ったのか、山月にはなんとなく、わかっていた。


 三年……。寿命と言われている三年が、経とうとしているのである。ナインも、自分の体力の衰えを感じて、終活を考え始めたのだろう。

 山月は、ナインの顔を両手で挟んで、正面に向ける。


「いいか、キミは、私より先に死んじゃいけないんだ。なぜなら、私は、キミの親だからだ。親を悲しませるんじゃない。親不孝者になるんじゃない。絶対だぞ」


 気付くと、山月は、ナインに抱きついていた。

 涙が止まらなくて、嗚咽するほど泣く。


「暑い……暑いよ、ヤマヅキ……。もう、いいだろ? 早く、良く冷えた地下室に戻らせてくれよ」

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