第28話 バケモノの正体 その1

 山月が生み出したバケモノが操縦する小型飛行機が、天高く上昇した。

 バケモノは、圧倒的な戦闘力を持っているだけでなく、知能も優れているらしい。初めて見たはずの飛行機なのに、それをいとも簡単に操っている。


「も、もういい……。もう、追い払ってくれたなら、それでいいんだ……」


 山月は、定型の呪文を唱えたあと、人差し指を天に向けて立てた。


 天遁てんとん十法……一般的に知られているのは、気象予報に毛が生えた程度のもの。

 しかし、山月流のこの忍術は違った。


「雲よ、あの機体の道を塞げ。いかずちよ、あの機体を止めよ」


 山月流の天遁てんとん十法は、気象を操れた。


 バケモノの乗る飛行機の前方に、分厚い積乱雲が出来た。機体は、それを避けるように、左に旋回する。


「目的は果たした! もう、やめよっ!」


 山月が叫ぶと、空一面が青白く光り、いくつもの稲妻が走った。

 巨大な稲光が発すると、それが、バケモノの乗る飛行機に直撃し、瞬く間に機体が炎上した。


 海面にむかって落ちていく小型機を眺めながら、山月は、後ろめたさを感じていた。

 “やめよ”と叫ぶ一方で、消えてくれと願っていたのである。

 それは、父から聞いた言葉を思い出したから。


『一度、生み出してしまった生物は、三年は生き続けてしまう』


 山月は、三年も、あんな得体の知れないバケモノを飼う覚悟が出来ていなかった。目的を果たした今となっては、消えてなくなってほしいと思っている。


 山月は、後方から黒煙を噴き出しながら落ちていく機体を、目を細めて見ていた。

(それでいい……。それでいいんだ……)

 そして、最後まで見届けようとしていると、突然、思いもよらないことが起こり、息を飲む。


 炎上していた機体が、海に落ちる前に消えた。



     ♰


 レーダーに映っていた機影が、突然消えた。

 バケモノが追ってきているのかと心配していたが、そうでは無かったらしい。

 九は、最新鋭の機体でも、誤作動はするんだなと鼻で笑いながら、前方に見えてきた空母と連絡を取り、帰還の準備に入った。



「お疲れ様です。あれ? カイトと、サムは?」


 甲板に出迎えにきた山咲に聞かれ、九は、感情を押し殺して答える。


「死んだよ。二人とも、やられた」

 

「えっ?」


 驚いて固まった山咲を尻目に、九は、空母のデッキを進む。先には、アメリカ海軍の兵士が並び、中央にCIAのカールが立っていた。


「ご苦労さん。ナインを取り戻してきたかい?」

「ダメだ。無理だった。やつらは、手強い」


 カールの顔が歪む。

「やつら? SPは、山月一人のはずだが?」

「山月は、バケモノを召喚する忍術を使ってきやがった。しかも、ナインまで、山月の味方をして、加勢してきたんだ」


「は? ナインまで?」


「そうだ。あんたら、いったい、アメリカで、ナインをどんなふうに扱ってきたんだ? ナインに、嫌われてるんじゃないのか?」


「ナインが嫌がっている? そんなはずがない。本土では、VIP待遇していたんだ。心地よく過ごしてもらえるように、いつも、細心の注意を払っていたんだ」

 声を大にして弁明するカールだったが、嘘をついているようには見えない。


「そうなのか……。だとしたら、他の理由かな。そもそも、根本的に日本の方がいいのかな。だって、ナインは、あの島で檻に入れられて飼われてたんだから」


 そんな環境の方がいいと思うはずがない。

 

 カールが、ため息をついた。

 きっとカールは、今回のミッションが成功すると確信していたに違いない。だから、失敗したと知った今、落胆の色を隠せないでいるようだった。


「なあ、ミスター伴。もう一度、島に行って、ナインを取り戻してきてくれないか?」

「いやだね。オレは、死にたくない。この件から、甲賀衆は、おろさせてもらうよ」

 九は、再チャレンジするつもりも、代案を出すつもりなかった。けた外れに強いバケモノを思い返すと、今でも背筋が凍りつきそうなのである。

 九は、完全に戦意喪失していた。


「いいのか? 成功報酬は出せないぞ?」


「それは、残念だけど、あのバケモノには、勝てないよ。あんたらも、注意した方がいい。関わると、皆、殺されるぞ」


 九は、帰り支度をするように、山咲に指示した。



     ♰


 山月は、目をこすって、もう一度、遥か沖の海面に目を凝らした。

 けれども、やはり、小さな波すら立っていない。そこに、小型機が墜落した様子は無かった。


「そうか……そういうことだったんだ……」


 振り返ると、いつの間にか、ナインが立ち上がっていた。山月と同じ方角を眺めているようである。


「やぁ、ナイン、起きられたんだね。体は、大丈夫かい? 意識を失ってたみたいだけど」

 ナインは、肩に刺さっていた注射器を抜いた。

「大丈夫だよ。麻酔薬の量が少なかったみたいだ。私は、人間ではないので、こんなちょっぴりじゃ、効かないよ」


「それより……」と、ナインは、山月の横に並び、はるか沖を指さした。


「あの小型飛行機が、どこに消えたのか、ヤマヅキには、わかるか?」


 ナインは、山月が忍術を使って、飛行機を炎上させたのを見ていたらしい。それでも、そのことは咎めずに、その後に起こった機体消失について、質問してきた。


「い、いや、ちょっと、わからないな……。どこにいっちゃったんだろう。黄泉の国かな?」


「いやいやいや、そんな国は無いよ。ヤマヅキは、頭がいいから、わかるだろ? なんで、わからないんだい?」


「いやいや、ちょっと待って、わかんないよ。なんで、ナインにはわかるんだい?」

「わかるさ。私には、わかるっていうのも、ヒントになってるのかもね」


「えっ? な、なになになに? ……ひょっ、ひょっ……」


 ひょっとして!?

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