第27話 秘伝の忍術 その4

 小屋の前、上体を起こした山月の前に、全身がびしょびしょに濡れたバケモノがいた。

 そいつは、立ち上がり、ブルブルと体を震わした。肩からは、湯気が立ち昇っている。


「ナ、ナインか?」

 産まれたての赤ちゃんのように、べっとりと濡れてはいるが、全身が長い毛で覆われ、耳が前に垂れている。

 トレードマークであるヘッドギアこそ着けてはいないが、九には、そのバケモノがナインのように見えた。


「グアオアァアアアアッ!」


 そいつは、猛獣のような雄叫びを上げて、のっしのっしとこちらに向かってくる。


 九は、不吉な予感がした。

 カイトを前に出し、ナインのようなそれを仕留めるように指示する。


 カイトと目が合い、カイトが頷くと、そのまま、ポトリとカイトの頭が落ちた。


 頭をキャッチしようとして、ファンブルしたのは、黒くて長い指。

 いつの間にか、目の前に、バケモノがいた。

 鋭い爪から、カイトの血が滴り落ちている。


「カ、カ、カ……」


 九の足元に転がるカイトの頭……。

 カイトは、指示を受けて、バケモノを成敗しようと意気込んだ表情のまま絶命していた。


(やばい。強い)


 九は、身の危険を感じて、煙玉けむりだまを叩きつけ、煙幕を張った。

 追って来ないように、まきびしを撒きながら、足音を消して逃げる。


(なんなんだ、さっきの速さは!? 尋常じゃねえ……)


 バケモノは、瞬間移動したとしか思えなかった。短い距離ではあったが、時間と空間を越えて、カイトの首を掻き切ったように見えた。

(山月が、生み出したのか? このバケモノも、忍術の一つなのか!? それとも……)


 九の中で、幻術かもしれないという楽観的な見方がよぎる。バケモノはまぼろしで、カイトが殺されたのも、幻術による幻覚……。

 だが、すぐにそれを打ち消す。


(もし、そうでなかったら、本当に、殺されてしまう……)


 九は、煙の中から抜け出て、辺りを見回す。

 今日は、一旦、退散することにして、停めてあった小型飛行機に乗り込んだ。


 カンッ!

「グアァッ!」


 コックピットでエンジンをかけた瞬間、キャノピーにバケモノが張り付く。強化ガラス越しに、殺意でみなぎった、バケモノの目に睨まれた。


 九は、スロットルを全開にして、急加速で垂直上昇すると、ほどなくして、バケモノが、キャノピーから滑り落ちた。


 上空100メートルまで上がり、九が、下を覗くと、地面に叩きつけられたはずのバケモノが、すぐに立ち上がる。

 バケモノは、すぐ隣にあった、もう一機の飛行機に取り付き、キャノピーを開けようとしていた。



     ♰


 山月は、両手の震えが止まらなかった。

 父からコツを教わった虫獣創生ちゅうじゅうそうせいだったが、まさか、一発で、上手くいくとは思っていなかった。



 あの時――

 全身全霊を捧げ、最強のケモノが生まれることを念じた。

 敵を追い払い、今すぐに、ナインを救って欲しい……と。


 すると、土が盛り上がり、見えない誰かが粘土細工をしているかのようにグネグネと、像の形が作られていく。

 そして、大地から生まれるがごとく、全身が毛で覆われたバケモノが現れた――



 そのバケモノは、けた外れに強かった。あっという間にカイトを殺し、九は、恐れをなして逃げ出した。


 山月は、とんでもない忍術なのだと、改めて思った。

 この先、強すぎるバケモノを持て余すかもしれないという、不安もわいてきた。


 そのバケモノは、停めてあったもう一機に乗り込んで、なおも、九を追いかけようとしている。


 その小型飛行機のエンジンがかかった。

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