第26話 秘伝の忍術 その3

「うわっ、やめろ! 暴れるなって!」


 遠くの方で、カイトの声がした。

 そして、脳が揺らされるような衝撃があって、山月の首は解放され、地面に倒れた。


 息ができていた。


 まだ、死んでいなかったのだと自覚する。

 そう安心すると、急に全身に痛みが走った。アドレナリンのせいで気付かなかったが、体中の肉が腫れあがり、所々、骨が折れているようである。

 悶えるように転がり、痛みに耐えていると、九の声が聴こえた。


「なんなんだ、てめえっ! やめろ、やめろっ!」


 山月は、痛みを堪えようと草むらの中に、顔を埋めていたが、少しだけ首を振って、辺りに目を配る。


 ナインが、九と戦っていた。

 ナインは、まるで、熊か狼のようなケモノに見える。

 野生のケモノが人間を襲うがごとく、ナインが一方的に九を攻め立てていた。


「ナ、ナイン……。キ、キミが、戦うことはない……。た、助けないと……早く……」


 気ははやるが、体が動かない。立つことすら出来ない。

(な、何か……何か、出来ることはないのか……)


 その時、山月の頭の中に、忽然と、一つの忍術が思い浮かんだ。


 虫獣創生ちゅうじゅうそうせい


 それは、山月流忍術の秘伝中の秘伝だったが、山月は、その術を使ったことがない。


『なんだ彰斗あきと、東京に出るのか? お前は、伊賀衆、山月家の跡継ぎなんだぞ。自覚はあるのか?』


 山月は、伊賀の実家を出る三日前、父からかけられた言葉を思い出した。


『忍術は、継承したからいいじゃん。東京に出て、普通の職に就きたいんだよ』


 訴えても、山月の父はすぐには、首を縦に振らなかった。由緒ある山月家の跡継ぎの大切さを語り、思い留まるように説得してくる。

 けれども、それが難しいと判断したのだろう。山月の父は、山月が東京に旅立つ日、秘伝の忍術を授けると言った。


 その術が、虫獣創生ちゅうじゅうそうせいである。


 山月は、その術を修得するコツと術の効果は教えてもらったが、術自体は見せてはもらえなかった。


『この術は、他の忍術が何も使えず、もうやられてしまうという、最期の最期に使うものだ。平穏な時に使ってはいかない。修行や練習でも使ってはいけない』

『え? れ、練習も出来ないの?』


『ああ。この虫獣創生ちゅうじゅうそうせいは、この世には無い、奇妙奇天烈な生物を生み出し、それに助けてもらうという忍術なんだ。一度、生み出してしまった生物は、三年は生き続けてしまう。むやみやたらと、そんなモノを生み出しては、いけないんだ』


 草むらから、上体を起こした山月は、あの日、父から教わったコツを思い出す。


虫獣創生ちゅうじゅうそうせい……か……)



     ♰


 九は、ナインの攻撃を受けていた。

 見切ったはずの動きなのに、そこから、さらに伸びてくる鋭い爪で何度も身をえぐられて、手を焼いている。


(な、なんなんだ、ナインのこの動きは、いったい……)


 ナインの不規則で、緩急のついた動きに、九はどんどんついていけなくなってきた。


 そもそも、九にとって、ナインは戦う相手ではない。傷つけることさえ許されない、アメリカと取り交わした不文律がある。


 防御しながら、思考を巡らせてみたが、ナインへの対処が思いつかなかった。それどころか、そんなことを考える余裕すら無くなってきている。

 それほどナインの攻撃力は、すさまじかった。


「カイト! 助太刀しろっ! コイツを抑えてくれっ!」


 ナインが突然暴れ出し、呆然と座り込んでいたカイトが、ようやく、立ち上がった。


 ナインが、カイトの動きを気にして、後ろを向く。

(しめた!)

 九は、ポケットに忍ばせた注射器を取り出し、ナインの肩にぶっ刺す。

「うわっ! な、なにしや……」


 ナインは、何か叫んだが、最後まで言い終える前に、ひざを折り、前のめりに倒れた。


 九は、麻酔を打ち込めたことに安堵して、額の汗を拭ったが、視界に入ってきた光景に目を疑う。

「な、な、な……なんだ、あれは?」

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