第25話 秘伝の忍術 その2

 ヤマヅキ? 今、私の心を読んでいるのか?

 それなら、それでもいい。

 言葉で発するのは、恥ずかしいということもあるから、手間も省けるし。


 私が、時空を旅できるというのは、本当だよ。

 だから、日本も、アメリカも、私が欲しいんだ。


 だって、未来がわかれば、打つ手がわかるからね。自国を発展させられる。


 私は、こだわりが無いから、気ままに旅をして、情報を共有してきたけど、今は違う。


 今は、日本の味方をしたいかな。日本にいたいから。

 日本にいれば、ヤマヅキと会えるからだよ。


 これからもヤマヅキのそばにいたい、ヤマヅキと話がしたい。


 だから……。


 嫌われないためにも、喜んでもらうためにも、ヤマヅキの望むことをしてきたんだ。

 過去に旅して、事件の真相を見てきたんだよ――


 山月の方から、目を逸らした。

 思いがけない告白に、涙腺が刺激されている。


 好きになってもらえたことは、素直に嬉しい。

 少し、話しただけなのに、覚えてくれていたことや、山月のために、わざわざ行動してくれたことは、さらに嬉しい。


「なに、泣いてるんだよ、ヤマヅキ。柄にもないな。みっともないし」


 山月は、ナインの声で我に返った。


 ナインから、犯行現場の様子と共に、犯人の名前を聞いた。だが、犯人の名は、初めて聞く名前だった。

 落ち着いたら、改めて調べようと、山月は、スマートフォンに犯人の名前をメモにして残す。


「ナ、ナイン……あ、あ、あ、ありがとう。恩にきるよ……。ナイン……私は、必ず、キミを守るから。私を信じていてほしい」


 山月は、絶命したサムを小屋の外に出して、立たせた――


 あれから、十五分。いよいよ、九との決戦の場に、山月はいた。決意を固めている。


「私は、SPとして、ナインを守り切る」


 九は、短刀を構え、不敵な笑みを浮かべた。その顔は、自信に満ち溢れている。

「威勢はいいし、思いは強いかもしれんが、実力は別だ。闘いは、強い者が勝つ。それだけだよ。オレがオマエを殺して終わる」


「九……いや、伴兼尋ばんかねひろ。伊賀、山月流忍術を見くびっていないか? 天下無双の最強忍術を知らないのか?」


 九は、胸の前で手を合わせて指を組み、人差し指を立てて念じはじめた。空焚きした鍋から上がる煙のように、九の足元の砂が舞い上がる。

 九は三体に分身し、山月を囲むように間合いを取った。三体とも、短刀を持っている。


 山月は、動じなかった。もはや、九を恐れてはいない。

 両手のナタを上段と下段に構え、臨戦態勢を取る。


 音も無く、地面を蹴った三体の九が、同時に飛びかかって来た。


 右手から、左手から、正面から、次々に襲ってくる短刀を山月は、はじいて凌ぐ。


「きぃぃぃやぁぁあああっ!」


 奇声を発した九の動きが、どんどん速くなってくる。それでも、山月の振り回すナタは、遅れることなく短刀をはじき返し、ついには、隙をついて、一体の右手首を切り落とした。


「あおおぉうっ」


 飛び退いた九は、分身の術を解いていた。

 汗はかいているが、手首はある。どうやら、切り落としたのは、まやかしの方だったらしい。

 間髪入れず、山月は、九の頭を目がけてナタを振り投げ、自らも、地面を蹴り上げて、跳んだ。


 寸でのところで、ナタの刃を避けた九の顔面に、渾身の力を込めて、握っていたもう一本のナタを振り下ろす。


 ナタは見事に命中し、九の脳天がパックリと割れた。


 血しぶきが飛ばない。

 手に伝わる感触も、思っていたものと違う。


(!?)


 山月の目の前に、ナタの食い込んだ丸太が転がっていた。

(幻術!? 変わり身の術?)


 背後の気配に気づいたが、一瞬遅かったらしく、背中に激痛が走る。

「浅いわっ!」

 そう叫ぶなり、九の手を蹴り上げると、短刀は、ブーメランのように、回りながら飛んで行った。


 背中の痛みをこらえながら、山月は、九と殴り合い、蹴り合い、肉弾戦を制しよう奮闘する。

 けれど、傍観していたカイトが、小屋の中に入っていくのが見えて、一瞬、気が散ってしまった。その隙にくらったみぞおちへの一発で、形勢が決する。

 防戦一方、数発に一発は貰うという劣勢のまま、ついには、小屋の外壁に押しつけられ、首を掴まれて、締められた。


「はぁはぁ……お、終わりだ……。山月。手を焼かせやがって。はぁはぁ」


 山月が、九の手を解こうと手首を掴むが、ビクともしない。自己催眠をかけて、機械のように、締め上げているらしい。九の悪魔のような笑顔が、それを物語っている。


(く、苦しい……)

 山月は、胸の前で指を組み、印のポーズを取った。

(な、何か、あるはず……)


『速読術、暗記術、早食い、大食い、即興料理、夜目、腹時計、読心術……』


 もうろうとしているせいか、ろくな忍術が浮かばない。

 気が遠くなっていく……。

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