第24話 秘伝の忍術 その1

 遡ること十五分前――


 山月は、眠りから覚めた。

 しかし、意識は頭の周りだけにあり、首から下にあるはずの体の感覚が無い。きっと、麻酔薬が抜け切れてないせいだろう。視界も整わず、世界が歪んで見える。

 ただ、それでも、目覚めたことが嬉しかった。ダーツの先に毒薬ではなく、麻酔薬を塗っておいてよかったと、ほっとしている。


 誰かが、小屋から出て行き、「だ、大丈夫ですか!?」と叫んだ。


 カイトの声である。

 ケモノたちの獰猛な泣き声が聴こえてくるのは、おそらく、玉ベエが、仲間を集めて九らを襲ってくれているに違いない。


「おら、ナイン、早く立ってくれよ。もう、移動する準備は出来てるんだ。いうことを聞けって」

「いやいや。嫌だって、言ってるでしょ。私は、ここがいいんだって。ずっとここにいたいんだって」


 サムは、ナインを小屋から出すのを手こずっているようである。


(まだ、逆転のチャンスはあるかもしれない)


 山月は、呪文を唱えながら、力が入らないながらも、右手を動かし、首に刺さったダーツを引き抜いた。

 息使いを気にしながら、少しずつ力を込め、重たい上半身を起こす。体中に、気を巡らせて、残った麻酔薬を昇華させていく。

 山月は、自分でも、急速に体力が回復していくのがわかった。


 サムが、ナインを立たせるのに手こずっている間に、山月は、静かに後ろから近づく。そして、サムの腰から、大振りのナタを引き抜き、一気にサムの頸動脈を掻き切った。


「あ、ヤマヅキ……」

 サムの血しぶきが噴き出している向こうで、ナインが呟いた。


「すまんな、ナイン。私が、不甲斐無いばかりに、こんな状況になってしまって……」

「いやいや、大丈夫……。それより、そいつ……。もう、終わった?」

 ナインは、サムを見上げた。

 山月が支えているので立ってはいるが、サムはすでに絶命している。

「ああ、こいつはもう、死んでいる。終わってるよ。外には、まだ敵が残ってるけどね」


「ああ、確かに。ヤマヅキ一人で、大丈夫か?」

 ナインの争奪戦のはずなのに、ナインは、他人事のように言った。


「ま、まぁ、なんとかしなきゃな。キミを守ることが、ミッションだから」

「頼むよ、ヤマヅキ。私は、アメリカなんかに行きたくないんだから。きっちり守ってくれよ」


 山月は、死んだサムを支えたまま、ナインに気付かれないくらいのため息をつく。


「ちょ、ちょ、ちょっと! ちょっと、待って!」

 山月が、サムを抱えて外に出ようとした時、ナインに呼び止められた。


「ちょっと、話を聞いてほしいんだ。だって、キミが外に出たら、もう会話ができないだろ? キミは、そのまま殺されるかもしれないし」


 山月は、ナインを睨みつける。会話の節々に心無い発言があって、イラっとする。

 それでも、ナインは、人間では無いし、気配りや気遣いは出来なくて当然だと、山月は、自分に言い聞かせた。


「な、なんだよ。あんまり時間は取れないけど……」


 ナインは、ゆっくりと頷いて、勿体ぶる。

「なんだよ、早く言えよ」


「じ、実はさ……」

「実は? 実は、何? なんだよ?」


「実は……。私は、時空を旅することが出来るんだ」


 山月は、時間が止まったのかと思うほど、頭の中身がどこかに消えた。

 カミングアウトするにしても、内容がぶっ飛んでいる。


(時空を旅する? って、タイムリープ? できんの? ほ、本当に!?)


 本当だとしたら、すごい……けど……。


 いや、しかし。


 考えてみれば、ナインが宇宙人だとすれば、光速で移動しても何万年とかかる距離を越えて地球に来てしまうような生物である。時間を自由に飛び越えてしまうなんてことも、あり得るのかもしれない。


「それでさ……。それで私は、七年前に戻って、キミの言っていた新宿一家惨殺事件を見に行ってきたんだ」


「え……え、え、えっ!?」

「七年前の新宿区さ。事件が起こった現場に旅して、犯行の瞬間を目撃してきた」

「えーっ!? ま、マジで!?」


「ああ、マジ、マジ。本当さ。だから、犯人が誰なのかもわかったんだよ」


 山月の鼓動が速くなった。

 本当だとしたら、かなり嬉しい。けれども、まだ、ナインの言うことを信じきれない。


「キミが、一番知りたかったことなんだろ、ヤマヅキ?」

 ナインは、山月にウインクをした。


 山月は、そんなナインを見つめていた。

 真偽を確かめたくて、じっと、目の奥を覗いて心を読む。


 読心術――


 私は、ヤマヅキのことが好きだ。

 毎日、朝昼晩と、わざわざ会いに来てくれて、トモダチだと思っている。


 元々、一人でいることに、なんのストレスも無く、快適に暮らしていたんだけどね……。

 でも、毎日、ヤマヅキとコミュニケーションを取るうち、私は、そんな新しい環境を悦んでいることに気付いたんだ。


 それは、私の存在を認知してもらえているという、心の栄養のようだった。


 自分の存在を誰かが認めてくれているということは、心に安らぎをもたらしてくれるということを知ったんだよ。


 今日、ヤマヅキは、何時に来てくれるのだろう。

 明日は、ヤマヅキとなんの話をしよう。


 気付けば、ヤマヅキと会ってない時間ですら、ずっと、ヤマヅキのことを考えていた。


 嫌われたくないという感情がわいたのは、初めてだった。でも、初めてだったから、どうしたらいいのかわからなかった。

 だから、心で思ったこととは反対に、冷たい言葉が口をついたりする。


 私に性別があるのなら、ヤマヅキの反対の性……女性でありたい。

 そうであるなら、トモダチよりも、もっと別の、もっと近くて熱い感情になる可能性があるのだから。


 そうなったとしても、ヤマヅキが受け入れてくれるかどうかは、別だけど。

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