第23話 SPの本質 その4

 木々の間から出てきたのは、ヤマネコや、ネズミ、大型の爬虫類などで、皆、九のいる山頂に向かって登ってきた。

(なんだ? 島中の動物が、ここに集結したのか? 何かあったのか?」

 九は、興味深く動物たちの動きを眺めていたが、近づいてくるに連れ、それらの眼光が鈍い色をしていることに気付く。


(操られている!?)


 ヤマネコが飛びかかってきた。九は、それを咄嗟に避けるが、そこには、にオオトカゲがいた。大きな口を開けて襲いかかってくる。

 九は、懐から短刀を出すや、オオトカゲの首を切り落とした。 九は、懐から短刀を出すや、オオトカゲの首を切り落とした。


 向かってくるヤマネコの首を、次々に掻き切り、血しぶきを浴びた九に、頭上からウミドリが襲う。

「くそっ! うっとうしい!」

 ウミドリに向かって、砂を振りかけるがごとく、ケシの実を砕いた乾燥粉末を散布した。


 小屋から出てきたカイトが、異常に気付き、鎖ガマを振り回す。

「だ、大丈夫ですか!?」

「くだらん術だ……。数が多いのは厄介だが……」


 九の短刀と、カイトの鎖ガマは、次々と襲ってくるケモノたちをことごとく血祭りにあげた。


 九が肩で息をし出した頃、空にあった鳥たちの姿は消え、山肌に、無数の動物の死体が転がっていた。


「サムはどうした? まだ小屋の中か? 早くナインを連れてきて、コンテナに収容しろ」


 九は、短刀を鞘に納めて、カイトに指示を出した。

 ケモノたちを操ったのは、おそらく、山月が世話をしていたネズミなのだろう。

 しかし……と、九は考える。


 口寄せの術で、小動物を意のままに動かせたとしても、その小動物に、他の動物たちを統率させることなどできるのだろうか。出来るとしたなら、相当の忍術の使い手だ。

 あの、山月が、それほどの使い手だったというのか?

 だとしたら、あの時のあれは、山月の仕業なのか……。


 九の頭の中で、横須賀の事件の記憶が蘇る――


 甲賀集団を束ねていた九に、偵察部隊から、報告があった。

「なに? それは、本当か?」

 報告してきた者によると、コードネーム・ナインは、本州から遥か南の島に、隠されているとのこと。その島に行く手段は、船しか無く、定期船も無いため、チャーターするしかなかった。

 次の日、レジャーボートをチャーターして、出港の準備をする。

 順調なはずだった。辺りに人影は無く、誰も近づけないように警戒していた。

 それなのに、何者かに、火を放たれた。

 いつの間にか、デッキに灯油が撒かれていたらしく、あっという間に炎上した――



 あの時、甲賀の者たちは、誰も犯人を見ていない。あんなに警戒していたのに、網の目を潜り抜けて、放火するなんて、相当の忍術の使い手しかできないはずだ。


 九は、山月を侮っていたかもしれないと思い、背筋がゾッとした。

 咄嗟に爪を噛んで、乱れた呼吸を整える。


 山月は、もう、仕留めてある。この先、九を止められる者はいない。


「ちょ、ちょっと、サム!? どうした!? 大丈夫か、おいっ!?」


 カイトの声がした。見ると、カイトと向かいあうように、開いた鉄扉の前に、真っ青な顔をしたサムが立っていた。


「サム? サムーッ!」


 カイトは叫びながらも、サムに近づこうとしていない。何か、気配を感じているらしい。

 サムは、体が棒のように固まったまま、ゆっくりと前に倒れた。


 サムの後ろから、人影が現れた。

 見たところ、ナインではない。


「すまんが、ナインは渡せない。私は、ナインのSPに任命されているんで」


 山月が立っていた。


 九は、幻を見ているのかと思った。戸惑いを隠せずに、噛んでいた爪を噛みちぎる。

 死しても尚、山月が幻術を使っているのかと、下唇が、震え出した。


「九、そんなに、震えんなよ。私は、ゾンビではない。生きている」

 生暖かい風が、山月と九の間を吹き抜けて行った。

 九は、山月の計り知れない実力に、次の一手を出せないでいる。


「おい、九、SPに求められているものってなんだか、知ってるか? わかんねえだろうな。オマエは、血も涙も無いし、守りたい人もいないだろうからな」

 山月は、両手に大ぶりのナタを構えた。サムの所持品だろう。


「SPは、要警護者を、命を懸けて守らなきゃいけないんだ。命を懸けられるってことは、本当に、その要人のことを好きでないとできないことなんだ。愛するほど、愛おしくないと、できることではない」

「何が言いたいんだ? への役にも立たないキサマの持論なんぞ、聞きたくもない」

 九は、ようやく冷静さを取り戻し、もう一度、短刀を抜いて、鞘を投げ捨てた。


「私は、ナインが好きになった。絶対に、渡すわけにはいかない。もう、守ってやれなかったなんていう後悔をしたくないんだ。二度と、そんな想いはしたくない」


 九は、山月の威勢の良さに、少し押し込まれていた。


     ♰

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る