第22話 SPの本質 その3

     ♰


 九は、階段を下り、地下室の扉を開けた。

 冷気が襲ってきたが、むしろ、その冷たさを肌で感じて、ほっとした。


「やはり……」


 その部屋は、サーバー室などでは無かった。中央に、大きな檻がある。


「ナイン? いるのか、ここに。なぁ、ナイン、返事をしてくれ」


 応答はなかった。檻の中を覗き込んだが、ナインらしき影は見当たらない。ただ、家具や家電が並び、明らかに、誰かが生活していた痕跡はあった。


 檻の鍵も南京錠だった。

 九は、それを握り、呪文を唱える。

 全身の神経がざわめくように動き出し、アドレナリンが、上腕に溜まっていくのがわかる。


(いける)


 せいっと、引っ張ると、鈍い金属音が部屋中に響いて、錠前が破壊された。

 自己催眠をかけて、リミッターを外し、火事場のバカ力を出すという甲賀忍術、一攫千人力いっかくせんにんりきである。


 九は、檻の扉を開け、中へと入る。

 檻の外にあるサーバーから出ている配線が、檻の中の無線ルータに繋がっていた。そのルータが、何と通信しているのか、九は、すぐにわかった。

 その通信相手が見当たらないのに、データ通信がされていることを示す緑色ランプは、激しく点滅している。


(やはり、ナインは、ここにいたんだ。今は、か?)


 九が、さらに辺りを探ろうとした時、ぐわぁぁぁぁわぁぁぁわぁぁん! と、空間が歪みそうなくらいの不快な音がした。


 音を聞いた九は、咄嗟に飛び退いた。


 何も無かった目の前の空間に、霧が立ち込め、その中に、少しずつ、黒い影が浮かび上がる。

 九は、霧の中に目を凝らした。

 黒い影は、立体感を増し、ケモノのように全身を毛で覆われた生命体を形作っていく。


 霧が止み、ヘッドギアをつけた長毛犬のようなナインが、現れた。片膝をついて、肩で息をしている。


「ナイン、久しぶりだな。かに、旅でもしていたのか? いったい、どの時代に行ってたんだ?」


 ナインは、ゆっくりと顔を上げ、九の方を向く。さほど驚いている様子は無いが、喜んでもいない。じっと九の表情を観察して、事態を飲み込もうとしているようだった。


「なぁ、ナイン、もっと喜んでいいぞ。オマエを今から解放してやるから」


「な、な、な……なんで、バンがいる? ヤマヅキは? ヤマヅキはどこだ? せっかく、ヤマヅキのために、調べてきたっていうのに……」

 九は、ナインの腕を持ち、無理矢理に立たせる。そして、ナインの耳元に口を寄せた。


「山月は死んだよ。助けてもらえて、良かったな。うれしいだろ? オマエは、今から、アメリカに帰れるんだ」


「アメリカ? ハワイなら旅行したいけど、それ以外は、興味無いね」

 檻から出されたナインは、憎まれ口こそたたいたが、淀んだような表情で、覇気がない。


「何言ってんだ、こんな所より、良い環境に住まわしてもらってただろ? 覚えてないのか?」

 九は、力の抜けたナインを引っ張って、なんとか地上まで上がった。

「ちょっと、暑いかもしれんが、すぐに快適な環境にしてやるから、我慢してくれ」


 ナインをダイニングの椅子に座らせると、スマートフォンを出して、伯父でありながら手下である山咲やまざきにコールする。


「おい、ザキ、今、どこだ? どこにいる? こちらは、ナインを確保した。すぐに搬送機をよこしてくれ」


 山咲の背後で歓声が上がっているようだった。きっと、アメリカ人に囲まれているのだろう。

 山咲は周りのはしゃぎ声を鎮めると、すぐに、カイトとサムを寄こすと言った。


 九は、電話を切り、窓の外を眺める。

 あいにくの曇り空ではあるが、ナインの輸送には、むしろ好都合である。なにせ、室温を5℃に保って、アメリカ本土まで運ばなくてはいけないので、日光は、弱いほどいい。


(沖合に停泊中の米軍空母からなら、そんなに時間はかからないだろう)



 北の方角から、ジェットエンジンを轟かせて、銀色の小型飛行機が二機向かってくる。

「あれだな……」

 九が右手をおでこにかざして眺めていると、小型飛行機は、あっという間に島の上空に到着し、垂直に下りてきた。

 米軍の最新鋭機である。そのうちの一機は、抱きかかえるように棺のようなコンテナが設置されていた。


 コックピットから降りてきたカイトが、頭を下げる。

「お待たせしました。冷蔵コンテナをお持ちしました」

「ご苦労。ナインは、小屋の中にいる。早速、連れ出して、搬送してくれ」


 カイトとサムが、小屋に入るのを見届けながら、九は悦に浸る。


 ナインを奪還した時の成功報酬は、500万ドルである。それを加えれば、これまでナイン関連で米国から得た報酬は、1000万ドルを超える。

 ナインには、十分に、稼がせてもらった。今回限りで引退しても、一生、優雅に暮らしていける。

 日本を脱出して、南国で暮らすのもいいし……。


 ピーピピ、ピーピピ。

 甲高い鳴き声で、九は現実の世界に引き戻される。頭上には、数十羽のウミドリが、集まってきていた。


 ぼんやりと眺めていると、眼下の森の木が揺れた。

 最初は、動物が草でも食っているのかと思ったが、揺れる木々はどんどん増えていく。

 やがて、辺り一面の木や草が、嵐にでもさらされているかのごとく揺れ始めた。


(な、何事だ?)

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