第21話 SPの本質 その2

 山月は、床にスーツケースを広げ、衣類を詰めていく。できるだけ、ゆっくりと。


「そうだ。そういえば、山月くんは、ここで、どんなミッションを与えられたの?」

「え? あ……ああ……。えっと、地下室の温度管理だよ」


「地下室? 地下に何かあるのか?」


「ああ。政府か警視庁か知らないけど、秘密のサーバーがあるらしいんだよ」

「なに!?」


 見ると、九の目つきが鋭くなっている。

 山月は、一瞬で心を吸い上げられたがごとく、動けなくなった。

(読心術!? 心を読もうとしてきている……)

 山月は、必死にもがく。そして、なんとか術を解き、目を逸らして、額の汗を拭いた。


「なぁ、山月くん。なんで、目を逸らす? なあ?」


 九は、壁に掛けられたモニターに気付いたらしく、立ち上がる。

 そして、表示された地下室の温度を確認して、納得したように頷いた。


「山月くんも、忍者なんだろ? なんで、オレには、隠すんだ? 水臭いじゃないか」


 九を見上げた。山月の胸の鼓動は、荒れた海洋のように、激しくうねっている。


 九の目は、三日月形をしていて、不気味な光り方をしていた。


「別に、隠していたわけじゃない。私は、下忍で、九のように、すばらしい術を操れたりはしない。だから、忍者を名乗るのは、おこがましいと思っただけだ」


 九は、山月の言い訳を最後まで聞かずに、キッチンに向かった。何の迷いも無く、冷蔵庫横のドアの前に立ち、南京錠を手に取る。


「なあ、山月くん。地下室のサーバーが見たい。この南京錠の番号を教えてくれ」

 ドアに向かったままの九から、肩越しに聴こえてくる声は、いつもと違って抑揚が無く、無感情のようで不気味だった。

「し、知らない……知らないよ。そ、そこが、地下室への入口なのか?」


 血管がぶちきれそうなほど、血流が増大して、山月の顔が紅潮する。

 ゆっくりと作業をするのを忘れるほど興奮して、衣服をどんどん詰め込みながら、しゃべり続ける。


「そうだとしても、勝手に行かない方が、いいよ。怒られるよ、九。国家秘密の情報が、地下にあるんだよ。何かあったら、責任とれないよ。国家的な大問題になるよ。なあ、九。頼む、止めてくれよ」


 しゅうしゅうという、怒気を帯びた九の息遣いが聴こえてくる。

 首が少し傾き、肩越しの九の尻目が、山月をとらえる。


「ふざけんなよ、コノヤロウ」


 ガツンと鈍い音が響き、九が、南京錠の掛かったフックを引きちぎった。


 万事休すとしか思えない状況を止める手段は、何も思いつかなかった。

 ただ、物理的に止める以外は。


 山月が動き、九は、くるりと回転する。


「あ」


「ふざけんなと、言っただろ?」


 山月の放った薬の塗られたダーツは、九の指先でキャッチされていた。

 山月は、凍り付いた。


 瞬く間に、間合いを詰められ、九の膝や、こぶしが、山月の顔面を襲う。壁際に吹っ飛んでもなお、容赦なく、鉄拳が打ち込まれた。


 山月は、みぞおちに入れられた膝蹴りで、息が出来なくなり、顔面どころか、ガードしていた腕も、腫れあがって気が遠のいていく。

 山月は、立っていることすら出来なくなり、ついには、ひざからくずおれた。


「オマエ、誰を相手にしてるのか、わかってんのか? あ?」


 辛うじて開いた右目で、九が覗き込んできていることを知った。手には、山月が放ったダーツが握られている。


「冥途の土産に、教えてやるわ。オレが、伴兼尋ばんかねひろ様だ。あの世でも、覚えて置くがいい、山月」


 九は、山月の首筋に、ダーツを刺した。

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