第20話 SPの本質 その1
桟橋にボートを係留した九は、濡れた髪を乱雑にタオルで拭きながら、磯の岩肌に背中をつけてもたれかかった。
「こんな所に、左遷されて、かわいそうだね、山月くん。相田さんの怒りでも、買っちゃったわけ?」
「い、いや……」
「なにか、心当たりは無いの? ここ、日本の果てだよ」
山月は、どう答えたらよいか迷う。
「ヘマしなきゃ、こんなとこまで、飛ばされたりしないでしょ」
九は、タオルを丸めて、ボートの中へ、投げ込んだ。
相田からのミッションは重要なもので、ヘマをしたわけでもなんでもなく、九には任せられないから、山月に任せられた。でも、そんなことを言うわけにはいかない。
「ちょ、ちょっと、ミッションが、上手くいかなくてね……。それで、警視総監の怒りを買っちゃったのかな? わかんないな、正直なところ……」
九は、意味深にニンマリと笑った。
「そのヘマしたミッションって、前に言ってた、甲賀忍者集団と交渉するってやつかい?」
九の目的は、ナインを奪うことのはずであり、どういう段取りを考えているのか、山月は、頭をひねった。
山月を連れ出しておいて、空になった島を仲間に捜索させて、盗むのか。
それとも、脅してでも、山月から、九の居場所を聞き出して、堂々と盗もうというのか。
すぐさま行動に移すとは思えず、探り探り、対応していくしかない。
「あ、ああ、そうだ。交渉相手のリーダーである伴にすら、会うことができなかった」
山月は、九との探り合いを慎重に進めようと思った。なぜなら、ここには、他に誰もいないし、逃げ場も無い。
怒らせたり、本性を露わにさせたりしてしまうと、山月は九に殺されてしまうと思っている。
それでも、ジャブを打って、少しでも、動揺させたい。気変わりするきっかけが欲しかった。
「ああ、前に言ってたバン、ナンチャラってやつか。会うことすらできなかったんだ。かわいそうに」
山月は、九を観察したが、九は少しも動揺していない。
自分の名前が出ているのに、黒目が動くことすらなかった。
「九は、伴が、今、どこで何をしているのか、知らないかな? 確か、情報屋だったよな?」
山月は、少し強めの語気で言った。
「ハハハ。情報屋だっていうのは、冗談だよ。間に受けてたのかい? スマン、スマン。バンなんてのは、知らないよ。そいつ、実在するのか?」
「そ、そうなんだ。残念だな……。やっぱり、交渉するのは、無理だったんだろうな」
「ま、そう落ち込むなって。一緒に謝ってやるから、ここを脱出しよう。な? こんな島、退屈だろ?」
どうやら、九は、山月を連れ出すつもりらしい。
船の中で殺されるのか、それとも、殺さずに、仲間にナインを探させるのか。
どちらにせよ、時間稼ぎをして、どうにかして九だけ帰す方法を見つけ出さないといけない。
「そ、それは、ありがとう。ところで、九、なんで、私が、ここにいるとわかった?」
「探したんだよ。急に山月くんが、消息不明になっちゃったからさ。心配してたのよ」
「心配? 私のことを心配してくれたのか?」
「ま、それだけじゃなく、オレ一人だけじゃ、手に負えない指令もあったからさ。連れ戻しに来たんだよ」
九の素振りに、怪しいところは無かった。
「私を助けに来ることは、相田さんには、内緒なんだろ? 勝手な行動をして、大丈夫かい?」
山月は、心配そうな表情を作った。
「うーん、そこはちょっと心配だけど、山月くんは、同僚だし、友人だし、勝手な行動をしたことも、謝れば許してくれるんじゃないかな」
九は、ちっとも心配しているようなふうではなかった。
笑顔で、山月の肩を組んでくる。
「さ、帰ろうか? 荷物をまとめてきて。山頂に見える小屋が、キミの住まいなんだろ?」
山頂の小屋まで登る間、九との会話は無かったが、山月の脳内は、高速で回転していた。
(できることなら、良い関係のままで、九だけをこの島から追い返したい。怒らせずに、ナインの居場所を探られずに、九だけを返す方法が、何か無いのか……)
「近くで見ると、立派な小屋だな。ソラーパネルに、あれは、6Gのアンテナかい? 自家発電するエンジン音も聴こえるね」
頂上に着いた九は、いろいろと感心しているようである。
「さあ、中に入って、荷物をまとめておいでよ」
山月は、九を帰らせる策が思いつかないまま、鉄の扉を開けた。
「中は、涼しいんだね。オレも、入れさせてもらうぜ」
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