第19話 コードネーム・ナイン その4

 翌朝、いつものように、山月が地下室に下りると、ナインの姿が無かった。

 檻の中には、家具や、家電製品などがあるから、どこにでも隠れることは出来そうだったが、何度呼びかけても、ナインからの返事は無かった。

 どこかの隙間で倒れているとしたら、助けてあげたいが、檻は開かないので、どうすることも出来ない。

(きっと、寝ているんだろう)

 山月は、自分にそう言い聞かせて、地上に上がった。


 窓の外が騒がしい。どうやら、ミカサが、騒いでいるようである。

「どうした、ミカサ? 何かあったのか?」


 外に出た山月の肩に、ミカサがとまった。耳元で、ぴぃぴぃと鳴く。


 ミカサは、ウミネコから聞いた情報を教えてくれた。

 小さな船が一隻、この島に向かってきているという。


「それはおかしいな。補給船がくるのは、来週のはずだけど……」


 山月は唇の右端を上げ、上の歯に舌を当てて、空気を切るように息を吐いた。

 動物にしか聴こえない高周波の口笛は、ふもとの森に向けて響かせている。


 やがて、小さなピンポン玉くらいの毛玉が、崖を駆けあがってきた。

 森に放っていた玉ベエである。


「玉ベエ。念のため、警戒態勢を取ってくれ」

 手のひらの中の玉ベエにそう言うと、ピーナッツを与え、再び森へと放った。



 小屋の屋根に上った山月は、はるか沖に航跡を見つけた。こちらに向かってくる船は、月に一度くる補給船よりも、かなり小さい。

 手漕ぎボートにモータエンジンをつけただけのような、簡素なものに見える。


(あんな、小さなボートで、ここまで来たのか?)


 グーグルマップで検索したが、人が住んでいる一番近い島までも、500kmは離れている。燃料など、相当な量を積んできたのだろうか。


 山月は、急いで山を駆け下り、桟橋の前に立つ。

 近づいてくる船を見てもなお、山月は、誰が、何をしに来たのか、何も思いついてなかった。

 可能性としては、相田がくるかもしれないが、それなら、そうと、事前に連絡がくるはずである。


 興奮を抑えて見守っていると、寄せてくる船上の様子に、息を飲んだ。


 小さなボートには、誰も乗っていなかった。


 ガス欠なのか、スカスカとして弱々しいエンジン音が、自然と止む。

 この時、山月は、船の横に立つ不自然なさざ波を見逃さなかった。

 波の原因となっているのは、水面の上に少しだけ見えている筒である。


水遁すいとんの術……甲賀か!?)


 山月は、後ろポケットに入れてあるダーツを握り、身構えた。


「ぶっふあああぁぁぁぁああ。あー苦しかったぁ!」


 勢いよく、水しぶきが上がり、竹筒を握った九が、海の中から現れた。

「オレだよ、オレ。山月くん、驚いた?」

 長髪をかき上げた九は、いたずらを成功させた少年のように、無邪気に笑っている。


 山月は、つられて頬が緩んだが、内心は穏やかでない。

 流星から、九の正体を教えられて以来、正直、九と会うのが怖かった。


 人殺しをなんとも思わない九の性格は、危険極まりない。

 これまでは、仲間だと思っていたから、力強いとさえ感じていたけど、今は違う。

 九の正体は、甲賀の頭領で、山月にとって敵……。


 九は、まだ、山月がそんな感情を抱いていることは知らない。うまく騙せていると思っているはずである。

 そして、まだまだ、山月を利用しようと考えているはずである。


「あれ? どうしたの? 久しぶりの再会なのに、元気ないんじゃない? 山月くん」


 三日月の形をした九の目を、まともに見られなかった。それでも、怪しまれないようにしないといけないと山月は思った。

 バレたと気付いたなら、きっと九は、山月を殺そうとするに違いないから。


「い、いや、驚いてたんだよ。なんで、こんなとこまで、わざわざ……と、思って……」


 言いながら、山月は気付く。


 きっと、ここに“”ということを、九は、突き止めたに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る