第18話 コードネーム・ナイン その3

 ナインは、「ちょっとだけ、当たり」と言った。逆に言えば、山月の想像の大部分は、間違っているということなのだろう。

 雰囲気も悪くなりそうだったので、山月は、それ以上は言及せず、地上に上がった。



 その日から、山月は、朝昼晩と、食事の後には必ずナインのもとを訪れ、親睦を深めた。

 ナインには家族がおらず、天涯孤独だと知った日、山月は、自分のことも話した。


「えつ? ヤマヅキには、妹さんがいたの?」


 檻の中のナインは、コーヒーの入ったマグカップを片手に、少し驚いた様子だった。

「そうだよ……。千佳ちかっていうんだ。千佳は、高二の時に死んじゃったんだけど」

「そ、そうなんだ……若いのに、可哀そうに……。でも、なんで?」


「殺されたんだ。知らないと思うけど、結構、有名な殺人事件に巻き込まれた」

 山月は、足を組みなおして続ける。

「その日は、友達の家に、泊まりに行ってて、その夜中に、強盗に襲われたんだ。一家惨殺。千佳まで、巻き添えをくって、殺された」


 山月は、当時の記憶が蘇ってきて、こみあげてくるものがあった。ここで、泣いてしまってはいけないと、必死に堪える。

「な、なんていう事件? 犯人は? 捕まったの?」

 ナインは、山月の心境の変化には、お構いなしで訊いてきた。

 話したことを後悔したが、もう、遅い。


「新宿一家惨殺事件……もう、七年も前の事件さ」

 ついに、山月は抑えきれずに、瞳から涙がこぼれた。

「犯人は、まだ、捕まっていないんだ。遺留品は、たくさんあったのに……だから……」

「だから、ヤマヅキは、警察官になったのかい? 妄想で、人生が歪んじゃったね」


「なんだとっ!? 何が、言いたいっ!?」


「映画やドラマで、よくあるストーリーじゃないか。それで、こっそり調査して、犯人を見つけ出して、捕まえるんだろ。よかった、よかった、妹の無念を晴らせたと、ハッピーエンドだと。そんなこと、夢見て警察官になったんだろ?」

 山月の思惑は、お見通しだった。

 ナインは、マグカップに口をつけて、コーヒーを一口すすったあと、続ける。


「警察官になるなんて、勿体なかったなぁ、なんて思ってね。ヤマヅキくらいの忍者なら、もっと、稼げる仕事に就けたのにさ」

「オマエに、何が、わかるんだ!? 私の、何を知っているというんだ? わ、私は、私は……」


 山月の脳裏に、千佳が現れては消え、また現れては、走り去っていく。どの千佳も、笑っていた。幼い頃から、仲が良い兄妹だと、近所で評判だった。


 親元を離れ、二人で東京に出てきて、暮らし始めてからは、一層、距離が近くなった。彼氏が出来たと聞いた時は、少し嫉妬もしたが、嬉しそうに自慢する姿を見て、そっと見守っていようと心に決めたのだ。

(伊賀を離れる時も、両親から、千佳を守るように言いつけられていたのに、守れなかった……)

 山月の流す涙は、悲しみが消え、悔しいものに変わっていた。

 山月は、両手で檻を掴んでいた。

 ナインの非情さは、言葉だけでなく、表情にも表れていて、まともに顔を見られない。


「未解決事件で、犯人が誰かも判っていないのを、遺族が見つけ出すなんてのは、空想の世界の話だよ。現実の世界で、できるわけがない。コールドケースは、まず、解けやしない」


「そうかもしれないけど、他の職に就いて、犯人が捕まるのを、じっと待ってることなんて、できるわけがない。少しでも、捜査に近いところにいて、携わっていたいんだ……」


 山月の声のトーンは、低くなっていた。


「私なら、こうするね。ナイン様を崇拝して、お願いして、頼み込んで、犯人を割り出してもらうのさ」

 ナインは、檻越しに顔を近づけてきて、「さあ、私を拝みたまえ」と、囁いてきた。


(な、なんなんだ、コイツ、本気か? 冗談で言ってるのか、こんなシリアスな場面で!?)


 ナインは、喉の奥をクククと鳴らして、笑ってすらいるようだった。

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