第17話 コードネーム・ナイン その2

「おはよう、ナイン」


 檻の中には、小さなダイニングセットがあり、ナインは、そこで朝食を摂っていた。

 顔を上げて口を拭う。口元についたシリアルが、ポロポロと落ちた。

「ああ、ヤマヅキ、来てくれたんだね。おはよう」

 ナインは、ギョロっと、目を大きく開けて、歯が見えるほど口角を上げた。


「なあ、ナイン。キミは、自分の価値を知っているのか?」

 山月は、檻の前に丸椅子を置き、そこに座る。

「知っている。日本にとって、私は何よりも必要な存在なはずだよ。だから、こんな離れ小島の地下で守られているんだ」


「守られている? いやいや、おかしいでしょ? 価値があって、重要なら、もっと都会の中心的な施設に置いておくはずだよね? 都心の研究施設とか、そんなところでしょ、普通に考えたら」


「ふつう?」

「そうだよ。しかも、こんな檻なんかに入れられて、守られているっていうよりは、監禁されているっていう表現の方が正しい」


 ナインは、キョトンとした表情で、周りを見回す。


「別に、監禁されているとは、思っていないよ。何の不自由もない。例え檻が無かったとしても、外は暑いから出たくないし。この檻は、私が逃げ出さないようにするためというよりは、私が盗み出されないようにするためのものさ。いわば、金庫の役割だね」


 檻の中には、水回りや家具、電化製品、トレーニング器具などがある。ナインが言っていることは正しいのかもしれない。

 檻の中にナインを入れたのは、ナインが再び盗まれるのを、ひどく警戒してのことなのだろう。


「キミは、アメリカと日本が、キミを取り合っていることは、知っているんだね」

「ああ、知っている。どちらも、私を欲している。私、モテモテだよね、ふふふ」


 笑った拍子に、ナインが着けていたヘッドギアが少し、ズレた。ナインは、それを整える。


「な、なんで? なんで、キミは、そんなにモテモテなんだい? よかったら、教えてくれないかな?」


 ナインは、表情を変え、真面目そうな瞳を山月に向けた。


「いや、それは、やめとくよ。自慢とかしたら、馬鹿みたいにみられるでしょ?」

「いやいや、自慢とかじゃないじゃん。君自身の能力なんだろ? 教えてくれてもいいだろ」

「いやぁあ。それを教えてる自分を想像すると、自慢してるみたいで、嫌なんだよ。そういう性格のヤツが好きじゃないから」


「いやいやいやいやいやいや」


「いやいや、こっちこそ、いやいやいやいやいやいや」


「こんな低次元の押し問答をするつもりはナインだよ」

「ナイン? だじゃれ? 全然おもしろくナインだけど。ふふふ」

「ちょっ、ちょっと、ふざけないで、教えてくれよ。いいだろ? な? キミの優れた能力は、なんなんだい?」


「ホント、大したこと無いから、言いたくない。ヤマヅキほどの能力を持ってないからさ」

「何を言ってるんだ? 私なんか、孤島に飛ばされた、チンケな警官だよ。キミは、国家紛争を引き起こすような能力があるんだろ?」

「伊賀忍術の方が、数倍スゴイでしょ。中でも、山月流は、上忍を凌ぐほどの隠れ忍術を一子相伝いっしそうでんで、受け継いでいるとかいうでしょ」


 山月は、パニクった。なぜ、ナインが、自分のこと、山月流のことを知っているのか。

 しかし、今は、それは、本論ではない。


「どうしても教えてくれないというなら、私が勝手に想像したことを言ってもいいか?」

「どゆこと?」

「いいから、黙って聴いていてくれ」


 山月は、ナインに揺さぶりをかけて、反応を見ることにした。

「キミは、地球よりも相当科学技術の発達した宇宙から来たんだろう。そして、キミの脳の中には、その知識が、たっぷりと蓄積されているんだ……」


 ナインは、動かない。


「キミのことを調べていたJSRAジェイスラは、それに気づき、さらに、その情報が取り出せる手段を見つけたんだ」


 山月は、ナインのヘッドギアを指さした。

「キミにつけられたそのヘッドギアが、そうなんだろ? その装置で、ずっと情報を吸い上げていて、そこのサーバーに保存し続けているんだ」


 ナインは、驚きもせず、動揺もしていないようだった。それでも、山月の想像には興味があるようで、まばたきすることなく、ゆっくりと口を開く。


「だとしたら、その知識をなんに使うの?」


 山月の中では、答えはひとつしか無かった。


「兵器だよ。世界のどの国をも屈服させる、最強兵器だ」


「ぶっそうだね……」

 ナインは、悲しそうに目を伏せた。

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