第16話 コードネーム・ナイン その1

 毛むくじゃらのナインは、山月より、ひと回り小さい。人間でいえば、小学生の高学年といったところか。


 山月の頭の中で、ぐるぐると思考が回る――


 日本とアメリカで取り合っているナインが、これだというのか?

 確かに、これまで見たことないし、貴重な生物なのだろうけど、奪い合うほどなのか? 共同研究を続ければよかったのに、なぜ、揉め事になるような、ことをしているのか。


 JSRAジェイスラが発見した、ナインの能力に関係があるのだろうか?

 だとしたら、それは、どんな能力なのだろう……


 日本も、アメリカも、独り占めしたくなるような能力を持っているのか――


「や、やあ……。キミの名は?」


 檻の中のナインが話しかけてきた。

 山月は、ナインの澄んだ瞳に惹き込まれそうにになって、自然と体が動き、檻を施錠している南京錠を握る。しかし、この南京錠は、鍵式で、開きそうもない。


 それでも、どうしても開けたくて、力ずくで、上下左右に引っ張った。だが、ガチャガチャと鳴るだけで、南京錠はビクともしない。


 惑わされているのか、どうかはわからない。ただ、はるかいにしえより体の芯に沁みついた野性の本能が、そうさせているようだった。


「私の名は、山月彰斗。この小屋を守るように言われている」

 檻の鍵は開かないと悟った山月は、肩を落として答える。


「そうなんだ……。じゃあ、キミは、ホシタニの後継者なんだね」

 ナインは、目を輝かせているようだった。

 一方の山月は、ぽかんと口が開いて、あっけにとられている。


(……そうか、星谷さんは、ここの前任者で、ここで、ナインを守っていたんだ)


 テーブルの裏に刻まれたメッセージが蘇る。


『JSRAは何がしたいのだ? ナインがかわいそうじゃないか。ナインは、私が守る』


 星谷はナインをここで匿ったが、ナインに心を奪われて、任務の範囲レベルを超越してしまって、カールを襲ったということだろう。

 

「ホシタニは、私のトモダチ……。キミも、私の、トモダチ?」


 ナインは首を傾げて、上目遣いで山月の方を見てきた。


 山月は、ナインの瞳から、視線を避ける。心を奪われてしまいそうだった。

 はっきりとはわからないが、どこかしら、ナインが見つめてくる瞳に、あやかしのような怪しげな力を感じた。


 ナインを檻から出したところで、室温5℃でしか生きられないのであれば、どこにも行けないじゃないかと、山月は、思った。そんな理由で自分自身を納得させ、南京錠の解錠を諦める。


「そうそう、私は、キミの味方だよ。キミと友達になりたいんだ。私は、星谷さんと交替した。これから、よろしくな」


 檻の中に入れた手を、ナインは、やさしく握ってきた。



 地上階に戻った山月は、興奮を冷ますため、熱いコーヒーを淹れて、すする。


 巨大なサーバーなど無かった。ナインを閉じ込めた環境を監視するために、ここに赴任させられたのだ。

 相田は、なぜ、それを隠して、嘘をついたのか。


 ナインには、どんな価値があるのか。

 鍋割山なべわりやまの、勘七の沢に、墜落した未確認飛行物体に乗っていた生物――ナイン。

 きっと、宇宙人なのだろうけど、その価値がどれくらいあるのかが、わからない。

 国家紛争に発展するほどなのだろうか。


 話したい。

 ナインと仲良くなりたい。


 山月の中で、そんな感情がふつふつと湧いてきた。



 次の日の朝、一晩中考えごとをして、一睡もできなかった山月は、朝食も取らずにデスクに着く。

 せめて、ナインを檻からは出してやりたい。コーヒーでも飲みながら、雑談がしたい。

 そんな想いに至って、南京錠を開ける方法はないのかと、自信が習得した忍術を書き並べてみる。


『速読術、暗記術、早食い、大食い、即興料理、夜目、腹時計……』


 この辺りの技を忍術というのは、おこがましいかもしれない。それでも、山月流として、訓練してきた。


『読心術、催眠術(影縫いの術)、超絶忍耐術、冬眠術、第六感、隠れ身の術、変わり身の術』

 忍術っぽくはなってきたが、どれも、解錠の役に立つとは思えない。


末梢神経過敏術まっしょうしんけいかびんじゅつ

 ダイヤル式の南京錠を解錠するのに役立った忍術である。しかし、鍵式は開けられなかった。


『口寄せ、天遁てんとん十法(気象予報)、分身の術、とん術(火遁の術、水遁の術、土遁の術、虫獣遁ちゅうじゅうとんの術)……』

 どれも役に立ちそうにない。


『……虫獣創生ちゅうじゅうそうせい


 参考までに書き足したのは、山月家に伝わる、究極の秘伝忍術。

 虫や獣を、意のままに作り出して、敵を襲わせるというらしいが、山月は、この術までは習得できていない。

 見たことも無いので、山月流を誇示するための、架空の術ではないのかとすら、思っている。


「そんな術があったところで、鍵は、開けられないしな……」


 山月は、防寒着と丸椅子を手に取ると、冷蔵庫横の扉を開け、地下へ下りた。

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