第15話 孤島 その3

 冷蔵庫の前で、山月は、座っていた。驚きのあまり、尻もちをついたらしい。

 写真を見直してみるが、瓜二つというより、九本人で間違いない。

 服部九というのは偽名で、九は、甲賀の頭領、伴兼尋だということだろう。


「ま、ま、ま……まじか……」


 思い返してみれば、九の存在が怪しいと思ったことも多い。

 ナインをかくまっていた星谷を殺害したこと。忍者の権威である流星ですら、九の存在を知らなかったこと。

 カイトがレジャーボートの検証現場に映っていたのも、生き返ったのではなく、そもそも、九はカイトを殺していなかったと考えれば、辻褄が合う。

 甲賀には、幻術という忍術があり、見るものを惑わすという。それをしたのだ。山月に、カイトの生首を模した人形を見せて、カイトが死んだと思わせたのだ。


 相田が、九のことを今一つ信頼していなかったのも、それを疑っていたからなのかもしれない。


 しかし、頭領自ら、敵陣に潜り込むとは、大した度胸たまである。


「あ、あいつ、やっぱり、やべえやつだったんだ……」


 山月は、気を取り直して、南京錠のダイヤルに神経を集中して、それを解錠した。

 扉を押し開けると、想像した通り、地下に繋がる階段があった。


 緊張しつつ、一段一段、階段を下りると、地下の踊り場に鉄の扉があった。

 こちらは施錠されていないようである。山月は、ゆっくりと、その扉を開ける。

 よく冷やされた風が、足元から、全身に吹き付ける。


 生鮮食品が保管された倉庫にでも入るかのように、体が一瞬で冷やされた。冷風で目の前が真っ白になる。


 コンピュータの動作音が静かに鳴っている。おぼろげに見えてきたのは、いたるところで点滅している赤や緑のLED。


 山月は、地下室のほとんどがサーバーコンピュータで埋まっていると思ったが、違った。コンピュータは、JSRAジェイスラと銘板がつけられたものが一つだけ、部屋の片隅に設置してある。


 ただ、目に留まったのは、それではなかった。部屋の中心に、あるおりの存在感が半端ない。

 コンピューターから出されたケーブルが、何本も、檻の中に繋がっている。


 山月は、白い空気を手で払い、檻の中にいるものに、目を凝らした。



 長毛種の大型犬なのかと思った。

 その生物は、軽くウエーブのかかった、ブロンズ色の毛で覆われていた。

 ただ、それが犬では無いとすぐにわかったのは、人間のように、二本足ですっくと立っているからである。

 檻の中心にいて、まっすぐに山月を見つめていた。その表情は穏やかで、少し笑っているようにも見える。


「な、な、な……な、なんだ、こ、こ、これは……」


 一歩……二歩……と、その生物は、前に出てくる。よく見ると、頭に、黒いヘッドギアのようなものをつけられていた。

 ただ、手錠や首輪などはされていない。檻の中では自由に動けるようだった。


「あ……あ、あ、あー……あ、あなたは……」


 大型犬のような毛並みのそいつは、日本語をしゃべった。

 いや、口の動きと、山月の脳に届く言葉は合っていない。


「……わ、わー、わ……わ、私の、味方……ですか?」


 ヘッドギアにスピーカーが内臓されているのか、そこから、言葉が発せられているようだった。

 そいつが、右手で檻を掴む。


 指は、人間よりも多い。


「コ、コードネーム……ナイン……」


 しっかりと檻を掴んでいる指が九本あるのを見た山月が、呟いていた。

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