第14話 孤島 その2

 山月は、太陽が昇っているうちは、島内を散策したり、磯に出て釣りをしたりして過ごした。

 夜は、小屋で過ごす。

 地上波はさすがに届かないが、6Gの電波が入るので、退屈にはならない。


 ひと月が経ち、最初の補給船がとんぼ返りしていった日の夜、山月は、何気なく検索した過去のニュース動画に目を奪われた。


 それは、ここに来る前、山月も居合わせた横須賀港沖のレジャーボート炎上事故。

 現場検証の映像に、やじ馬が映り込み、その顔に見覚えがあったのだ。


「こ、こいつは……確か……」


 そこに映っていたのは、間違いなく、甲賀忍者のカイトだった。漁協関係者が多いやじ馬に混じって、心配そうに焼け落ちたレジャーボートを見つめている。


「……生きてる……。い、いや、生き返った?」


 カイトは、九によって、首を切り落とされたはず。

 双子なのか、はたまた、九がでたらめで試していた『復活再生の術』が成功したのだろうか。


 山月は、首を傾げて考えてみるが、結論を出すには至らなかった。



 雲一つなく晴れ渡った日、桟橋を修復していた山月のスマートフォンが鳴った。

 確認すると、サーバールームの室温異常らしかった。


 孤島に赴任してひと月半、初めて起こった電力異常である。小屋に戻った山月は、対処マニュアル通りに、壁のモニタをタップし、サーバー室を正常な温度に戻した。


「しかし……」


 山月は、もやもやとしながら、キッチンに向かう。

 キッチンにある冷蔵庫の横に、ダイヤル式の南京錠で閉じられた扉があった。おそらく、この扉の向こうに、地下のサーバー室へとつながる階段があるのだろう。


「なんで、こんな孤島なんかにサーバーなんか、置いたんだ? メンテも大変なのに……」


 前に調べたら、この島のすぐ近くに沖ノ鳥島があった。ここは、日本の最南端である。

 警視総監が監督責任を持つ、秘密のサーバーだというのだから、相当な機密情報を保存しているのだろう。しかし、ここに置く意味がわからない。

 物理的に隔離して、わざわざ6Gの電波でアクセスするのはなぜ?


「なにかの、サイバー攻撃でも恐れているのかも知れないけどさ……。サイバー攻撃を防ぐのに、物理的な距離なんて、関係あるはずないのに、なんでだろう……」


 山月が部屋に戻り、壁のモニターを見ると、サーバー室の温度は、正常値に戻っていた。


『地下サーバー室温:5℃。』


 5℃とは、冷蔵庫並の温度である。

 山月は、ITに詳しくないので、サーバーを冷やす温度として、それが普通でないことに気付かない。それよりも、モニターの掛かっている壁に、塗り直された跡があるのが気になった。

 目の高さの辺りの一部分だけ、最近、塗り直されている。

(そういえば、テーブルも……)


 食事やパソコン作業で使っている、デスク兼テーブルの表面も、一部分がえぐり取られている。


 山月は、それが、何かを隠すためにやられたことではないかと疑い、その意味を考えた。


「何か、書いてあった? それを誰かが、隠したのか?」


 部屋中を探して回ること一時間、ついに、ヒントとなる痕跡を発見した。

 それは、テーブルの裏面にあった。

 壁にペンキを塗って隠した人間も、これまでは気付かなかったらしい。


「こ、これは……」


 テーブルの裏に書かれた鉛筆の文字は、消えかかってはいたが、辛うじて読めた。


『JSRAは何がしたいのだ? ナインがかわいそうじゃないか。ナインは、私が守る』


 それは、前任者が残したものだった。

 山月は、今、自分の行っているミッションが、ナインに関するものであると悟った。

 サーバーに、ナインの情報が入っているのではないかと疑い、もう一度、キッチンに行く。その部屋を見たところで何かがわかるとは思えないが、一度湧いた興味は、抑えきれない。


 冷蔵庫の横にある扉のダイヤル式南京錠を手に取る。

 山月は、眼を閉じ、神経を指先に集中して、四桁あるダイヤルを上から回していく。


 ピロンピロン。


 集中力をかき消す着信音は、ポケットから聴こえた。

 山月は、いったん南京錠を手放し、スマートフォンを確認する。着信していたのは、意外にも、百地流星からのメールだった。


『こないだ、うちに来た時に話に出た服部丸蔵さんについて、新しく分かったことがある。丸蔵さんは行方不明じゃなく、殺されていたみたいだ。しかも、丸蔵さんを殺したのは、伴兼尋ばんかねひろみたいだ』


 やはり、アメリカ本土からナインを取り戻した丸蔵を抹殺したのは、甲賀の頭領の伴だった。

 伴は、今もなお、ナインを探して、警視庁の周りを探っているに違いない。

 アメリカから大金を積まれて。


「早く、伴を見つけ出して、交渉しないといけなかったのに」


 山月は、自分が、ここにいることが悔しかった。不甲斐無く思った。

 奥歯を噛みしめながら、画面をスワイプして続きを読む。


『その伴兼尋のことだが、調べても、今の居場所はわからなかった。だけど、最近の写真を入手することができたので、添付する。参考になれば、いいんだけどな。じゃあ、また』


 さらに、送っていくと、画像が添付されていた。

 飲み会の写真らしく、赤ら顔のカイトや、サム、執事のようなザキが笑っている。

 その奥の男の顔に、赤い丸が付けられている。その男が伴ということだろう。

 山月は、その顔を拡大した。


「えっ!? えぇぇぇえっ!? ちょ、ちょっと……」


 ビールジョッキを掲げて笑っている伴は、九と瓜二つだった。

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