第13話 孤島 その1

 レジャーボートが横須賀沖で炎上した。火は海上保安庁の消火活動で消し止められたが、船上はほぼ全焼し、沈没しないのが不思議なほど、焼け焦げた。

 ただ、不思議なことに、被災者が見つかっていない。

 誰も乗っていなかったのか、捜査が進められている。


 ミカサに導かれて、山月が事故現場に来てから、小一時間が経つ。

「ミカサは、どこにいったんだ? ここに、一体、何があるんだ?」

 山月が夕焼け空を見上げても、ミカサはいない。

 せわしなく鳴いて、連れて来られた時は、非常事態が起こったのだと直感したが、目の前でやられているのは、陸揚げされたレジャーボートの検証作業。


「これが、何だっていうんだ、まったく……」


 係留された漁船の陰から、出てきた山月が、ふと、焼け焦げたボートに目をやると、中から緑色の鳥が飛び出した。

「うわっ! なんだ!? 鳥か!?」

 ボートを検証していた捜査員の一人が叫び声を上げ、咄嗟に頭を抱えた。


 ピーチュルチー、ピーチュルチー。


 勢いよく飛び出してきたミカサが、真っすぐに山月に向かってくる。


 山月は、水でもすくうかのように、両手をお椀状にして、ミカサを待ち受ける。


 チーチーチー。


 手に乗ったミカサは、黒い玉を掴んでいた。

「こ、これは……。た、玉ベエか!?」


 ミカサを肩にのせ、煤で黒くなった丸い毛玉を撫でる。


「玉ベエっ! 玉べエーっ!」


 玉ベエは、辛うじて息をしていた。ただ、意識が無いのか、返事がない。鼻がヒクヒクしている以外、体が動くことも無かった。

 山月は、両手でやさしく玉ベエを包み込み、走り出す。一刻も早く、治療してやるために、自宅を目指した。



 山月が、相田からメールを受け取ったのは、玉ベエの治療のために休み続けて、三日目のことだった。『三崎漁港に来るように』との指示で、港に下り立つと、相田が、一人で待っていた。


 山月に、不安がよぎる。

 連続して休みを取ったのがまずかったのか、それとも、甲賀集団との交渉が、遅々として進まないことを叱責されるのだろうか。


 そして、なぜ、呼び出されたのが、事務所では無く、漁港なのだろうか。

 それが意味することも、わからなかった。


 相田とともにチャーターしたであろう漁船に乗り込み、揺られること三時間。大きな港のあるその島で、また別の漁船に乗り換え、すぐに出港する。

 そして、別の島に着いて、また乗り換えて出港。そんなことが繰り返されているうち、日が沈み、夜が明けた。


 その間、相田は、何も言わなかった。

 どこに向かっているのか。

 目指している先に何が待っていて、何をやらされるのか。


「もうすぐだ。水平線に島が見えるだろ? あそこだ」


 二日目の日が、暮れかける頃、ようやく相田が口を開いた。


 見えてきた島は、木が茂り、その中心に小高い山がある。

 頂上付近は切り開かれていた。そこには、小屋らしき建造物と、鉄塔。狭い場所に敷き詰められるように並んだ太陽光パネルが、眩しく輝いていた。


 港などなく、木箱を並べて浮かべたようなチープな桟橋に、漁船が横づけされた。


「ここで、私に、何をしろと、おっしゃられるのですか?」

「山頂に上がってから、説明する」


 相田は、そう言うと、さっさと船を下りて、慣れたように、バランスを取りながら桟橋を渡る。


 山月に吹き付ける潮風は、ねっとりと暑かった。

 これから言い渡されるであろうミッションについては、嫌な予感しかしない。



 けものみちのような山道を登っていると、遠くから、エンジン音が聴こえてきた。


(車? こんな孤島に?)


 山頂にある小屋は、意外にも、コンクリートで作られ、堅牢そうだった。入口は重そうな鉄製の扉で、大きな南京錠がかかっている。

 相田は、その南京錠を解錠して、扉を開けた。冷たい風が吹き出してきた。

 部屋の中は、クーラーが効いているらしい。明かりもついていた。


「中に、誰かいるんですか?」

「いや、今は、誰もいない。これからは、キミが住むことになる」


 相田からの指示は、この小屋の管理人になり、この部屋で暮らせというものだった。


「太陽光パネルと、ガソリンで動く発電機で、電力を賄って、6Gの通信アンテナと、地下のサーバーを動かしている。その電力供給が止まらないようにするのが、キミのミッションだ」


 山月は、窓の外を見やる。

 四角い箱から、エンジン音が聴こえてくる。車だと思ったのは、発電機だったようである。

 鉄塔には、パラボラのようなアンテナがいくつもついていた。

 どうやら、ここは、通信基地らしい。

(こんな、太平洋のど真ん中にある孤島なんかに、なぜ?)

 山月は、疑問には思ったが、口には出さない。どうせ教えてもらえるはずないと思ったから。


「ガソリンは、月に一度、キミの食料と共に、運ばれてくる手筈になっている。発電機が故障したり、雷でブレーカーが落ちたりしないように、監視してほしい」


 山月は、気持ちが沈んでいく。

 東京のような大都会が息苦しくはあったが、こんな孤島に一人残されるなど、想像さえしていなかった。頭の中は真っ白で、断れるものなら、断りたい。

 だが、相田のオーラは、山月が断ることを許さなかった。


「よろしく頼んだぞ」と言い残して、相田は、漁船で去った。




 その日から、山月は、本州からはるか南にある孤島で暮らすことになった。

 電力供給が上手くいっているかどうかは、壁に掛けられたモニターを見ればわかる。緑色のサインが、黄色や赤色になった時に、手順書に書いてある処置をすればいいらしい。

 ただ、ずっと見張っておく必要はない。スマホにアプリをいれておけば、色が変わった時に教えてくれる。

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