第12話 甲賀流集団 その3

「じ、実は……。甲賀流の忍者について、色々教えてほしくて……」

「甲賀? そっちに、興味があるのか?」


 貸してもらったタオルで、髪を拭いていた山月は、今、現存する甲賀流忍者について、流星に質問する。これまでの経緯も、話せる範囲で説明した。


「甲賀の忍者ね……。確かに、一部、動きのある集団がいるな」


 流星が言うには、かつて、甲賀五十三家と呼ばれた上忍の中で、伴家ばんけだけは、現在も忍者の生業を続けているらしい。


「伴家? そいつらが、警視庁を嗅ぎまわっているってこと?」

「たぶん、そうだろうな。現在の頭領は……」

 流星は、取材したノートを見ながら、パソコンを操作して、モニタに、調べた情報を映し出す。


『甲賀五十三家の筆頭、伴家ばんけの末裔、伴兼尋ばんかねひろ

 自らを、天忍日命あまのおしひのみことの生まれ変わりだと公言し、他家の下忍も含め、甲賀流忍者を束ね、“国家的憂慮を取り除き、甲賀古士こうかこしの復興を期す”と宣言し、活動中』


「伴? 聞いたことがないなぁ」

 モニタに並んだ文字を見ても、山月はピンとこなかった。


「この伴兼尋ばんかねひろっていう頭領は、いったい、今、いくつくらいなの?」

「たしか、彰斗あきとと同じくらいの年齢じゃなかったかな……」

 流星は、スマートフォンを操り、「いや、彰斗より、五つ、年下だな」と、感心するように頷いた。思ったより若い年齢であったのだろう。


 てっきり、ザキさんと呼ばれていた執事風の中年男が、主犯格だと思っていたが、どうやら違うらしい。

「交渉するにしても、まずは、その伴ちゃんってヤツを捜し出すことから、始めないといけないのか……。大変だな、こりゃ」


 山月は、しばらく、流星と幼い頃に遊んだ思い出話をしたあと、御礼を言って、部屋を出る。


「そういえば、流星は、服部家のことは、知ってるの?」

 ヒサシの下で、傘を広げながら、見送りに出てきた流星に訊く。


「服部家? 服部丸蔵さんのことか? 何年か前から、行方不明になってるよね」

 流星は丸蔵のことを知っていたが、殺されたことまでは、知らないらしい。


「じゃあ、丸蔵さんのご子息のことは、知ってる? 服部九のことだけど」


「九? 誰だ、それ? 丸蔵さんは、お子さんには恵まれなかったはずだよ。養子をとったとも聞いたことがない」


「あ、ああ、そうなんだ……。ありがとう、教えてくれて」


 山月は、傘を差し、土砂降りの雨の中を歩き出した。



 渋谷の交差点から、坂を上がる途中にあるファミリーレストランで、山月は、九と昼食を摂った。


 山月が食後のアイスコーヒーを飲んでいると、店員が空いた食器を下げる。

「九、それ、サラダから、取り出したのか? 小学生みたいだな」

 九の前にだけ、皿が残されていた。その上に、キュウリの輪切りが積まれている。

「キュウリは、嫌いなんだ。この世から、無くなればいいと思ってるよ」


 九は、その皿をすみに避け、あいたスペースに、膨らんだエコバッグを二つ、並べた。


「なに、コレ?」

 山月が不思議に思って触れると、持ち手が垂れ、札束が覗く。

「ざっと、五千万円はあるはずだよ。昨日指示されたミッションさ。さっき、終わった」

 九は、ちゅうちゅうと、メロンソーダを吸い上げる。


「えっ? 昨日から、どんなミッションをやってたんだ?」

「投資詐欺事件の首謀者への特刑だよ。隠している財産を奪ってきた。被害者に、少しでも還元してやろうって、相田さんからの指示さ」


 山月は、もう一度、エコバッグに触れて、中を見た。万札の札束が詰まっている。

 どうやら、九は、盗みを働いてきたらしい。犯人は、現行法では、追えない所に、詐欺で得た金を隠していたのだろう。


「それで、山月くんは、昨日、何してたの? 甲賀集団との交渉はできたのかい?」


「いや、まだ……。それどころか、交渉相手のリーダーがどこにいるのかさえ、わかってない。なあ、九。九は、知らないか? 伴兼尋ばんかねひろってヤツなんだけど」


「なに? そのバン、ナンチャラって、誰?」

伴兼尋ばんかねひろ。甲賀で有名な伴家の、今の頭領らしいんだけど」


「へえ、そうなんだ。それで? そんなのオレが知ってるとでも思う。ひょっとして、オレが、情報ツウにでも、見えてた?」


「いや、全然、見えてない。ちょっと、聞いてみただけだ」

 ストローをつまんでグラスの中の氷を、カラカラと回した。


 山月は、質問をしてしまったことを反省した。無駄な時間を使ってしまった。

 伊賀の上忍なら、少しは甲賀の情報も入ってきているのかもしれない、と淡い期待を抱いてしまった。魔が差したと言っていい。

 九の面構えは、全く理知的ではない。というか、むしろ、馬鹿面だ。


「いやいや、隠すなよ、山月くん。キミは、見る目があるよ。正解かもしれない」

「は?」

「実は、隠してたけど、オレは、その世界では、情報屋九ちゃんって呼ばれている」

 馬鹿面が、不揃いの歯を見せて、下品に笑った。


「なんだよ、どの世界で呼ばれてるんだよ。じゃあ、教えてくれよ。伴は、どんな人物なんだ?」


「奴は、めっちゃ強い。神がかり的に強い。奴と戦っても、キミでは勝てない」


「ザックリした情報だな。本当かよ、その情報。でも、伴とは戦うつもりないから、大丈夫だよ。交渉するだけだ」

 山月は、肩を落とした。

 やはり、九は、少し抜けている。

 ひょっとしたら、九がこんなふうだから、丸蔵は、九の存在を世間に隠したのかもしれない。とても家督を継げないと。

 それなら、流星が九の情報を知らなかったこととも辻褄が合う。


「交渉しやすい相手かどうか、知りたかったんだけどな……」

「そんなのは知らん」

 九は、堂々と答えて、緑色の炭酸を飲み干した。

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