第11話 甲賀流集団 その2

「山月くん、なんで、この忍者に切りつけられてたの? 二人の間に何があったんだ?」

 九は、山月の動揺にお構いなく、知りたいことを訊く。

 一方の山月は、九のこと――残虐な光景――を、まともに見られなかった。


「キミの方から、何か仕掛けたんだろ? 忍びの者が、こんな真昼間から、あんなことをするはずがない」


 山月は、どこまで話すか迷う。全て話してしまっては、丸蔵の死の真相を知られてしまう。


「余計な駆け引きは無しだよ。こちらを見てよ、山月くん。何を仕掛けたのか、本当のことを教えてくれよ」


 山月は、九を見ない。カイトの生首を見たくないこともあるが、心を読まれてしまうことも避けたかった。

「こいつは、甲賀流忍者だろ? 相田さんの周りを嗅ぎまわっているという。相田さんからの指示か? どんな、命令を受けたんだい?」


 九は、甲賀忍者が、相田の周囲を嗅ぎまわっていることを知っていた。

 山月は、そもそも九がどこまで情報を持っているか知らない。隠しすぎては、墓穴を掘りそうな気がして、質問には答えることにした。


「ああ、そいつは、甲賀の者だ。相田さんから、交渉するように指示された」


「交渉?」

「ああ、交渉だ。相田さんの周りを嗅ぎまわるのを止めろという交渉だ。こちらの申し出を飲めば、それなりの金を渡す用意もある」


 九の息遣いが荒くなった。ひゅうひゅうと、怒気を帯びた呼吸音が耳に入ってくる。

「キミだけに、そんな、ミッションが与えられたのか? なぜ、オレが外されたんだ?」


「さあ? 私には、わからんね」

 言いながら、山月は思った。

(よく考えたら、丸蔵さんうんぬんの話が無くても、九は、交渉事には、不向きそうだから、指示されなかっただろうな)


 視界の端で、九がしゃがみ、もぞもぞと死体をいじっている。

「何をしている?」

「復活再生の術だよ。キミの交渉相手を、殺してしまったじゃないか……」

 見ると、九が、カイトの頭を、ぐいぐいと胴体に押し当てていた。

「ど、ど、ど、どうしよう? バレたら、相田さんに怒られちゃうよ。ちゃんと、生き返るかな? やべえな」


(復活再生の術……)


 山月は、聞いたことがなかった。きっと、そんなものは無い。


「そんな忍術あるのか?」


「ねえよ。今から創り出すんだよ」


 やっぱり無かった。


「私は、死体を埋めるのに、付き合わないからな。自分で、処理してくれよ。どっかの山中に、穴は掘ってあるんだろ?」

「そ、そんな……助けてやったのに……」

「殺せとまでは、言っていない。やりすぎだ……いや、いかれすぎだよ、九」


 山月は、きっぱりと言い切って、踵を返した。ただ、心臓はバクついている。

(やっぱり、九は、危険すぎる)

 同じ特務警官でなければ、近づくことすら避ける人種だ。山月に対しては、多少の敬意を持って接してくれているから、なんとか関係は成り立っているが……。

 きっと、ダーツゲームで勝利したことが、功を奏したのだろう。



 はるか南の海上で発達した台風の影響なのか、東京都心は、朝から風が強く、激しい雨も降り注いでいた。

 山月は、傘が飛ばされないように、傘の柄を、肩と首の間にしっかりと挟む。

 スマートフォンの地図アプリで示されている場所は、この辺りのはずである。けれども、辺りにそれらしい建物は無かった。


「入力した住所を間違えたのかな……」


 ジーンズのポケットに入っているメモ紙を出し、開けようとすると「おう、彰斗あきとか?」と、声を掛けられた。


 短パンにサンダル姿の百地流星ももちりゅうせいは、オンボロアパートの前に立っていた。


「りゅ、流星!? そ、そこが、流星んちなの?」


 山月は、いとこである百地流星が、まさかこんなアパートに住んでいるとは想像すらしていなかった。

 流星は、大学生の時、伊賀の上忍御三家である百地家に婿養子に入った。その縁もあってか、忍者の研究に没頭し、今では、帝都大学の准教になっている。


「もっと、いい所に住んでいると思ってたか? それは、オレが上忍だから? それとも、天下の帝都大学の准教だから?」


「あ。い、いや……その……。その、どっちも」

 山月は、頭を掻いてアパートのヒサシの下に入り、傘を閉じる。


「上忍とは名ばかりで、今や、そっちからの収入は全く無いんだよ。しかも、ずっと単身赴任だからな。住むとこなんて、なんでもいいんだよ。さ、中に入れよ」


 屈託の無い流星の笑顔に誘われるまま、山月は、中に入る。


 山月が招き入れられた流星の部屋は、意外に片付いていて、小綺麗だった。


「で、突然連絡を寄こしてきて、一体、何を訊きたいんだ、彰斗あきと?」

 流星は、黒縁眼鏡の角をクイっと持ち上げた。

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