第10話 甲賀流集団 その1

 解体工事中の、かつての大型スーパーは、サウナのように蒸し暑い。

 朝から熱中症危険警報が発令されたこの日、山月は、カールと接触したグループの一人、カイトを追っていた。しかし、気付かれたのか、カイトは突然走り出し、ここに入った。


(どこに行った? 上の階か? 柱の陰か?)


 玉ベエがいたなら、ここで放して捜索させるところだが、アジトに潜入させたあの日以来、戻ってこない。


 山月は、目を閉じ、聴覚に神経を集中させる。


 カチカチ……。かすかに聴こえる、軽くて高い打音。

(右か)


 視線を向けた時、石ころが転がってきた。石は、山月に届く前に、猛烈な勢いで、煙を噴き出す。


(煙幕!?)

 視界を遮る煙の向こうで、黒い影が動く。


「逃がすかっ!」


 山月はダーツの矢を放った。矢の先には、神経を一時的に麻痺させる毒が塗ってある。


 コツッと、矢は命中し、崩れるように、影がその場に倒れた。


「ゴホッ、ゴホッ」

 山月は、充満する煙を、手で払いながら、仕留めたカイトに近づく。


「こ、これはっ!?」


 山月がカイトだと思って手をかけたのは、マネキンだった。カイトの服を着たマネキンに、ダーツが刺さっている。


「変わり身の術……」


 そんな言葉が漏れるや否や、首が締まり、冷たいものが頬に当たった。

 山月は、背後から首に腕を巻かれて絞められていた。


「キサマは誰だ? なぜ、オレを追う?」


 カイトの声に、山月は唾を飲んだ。頬に当たっているのは、カマのようである。


 相田から指示を受けて以来、ミカサに捜させて、三日目、ようやく見つけたのが、カイトだった。

 さらって、優位な立場に立ってから、交渉しようとしたのが、正反対の状況になってしまっている。


「ひゃぁっ!」

 カマの先端が、頬に突き刺さり、山月は思わず声を上げた。


「言わないなら、言うまで傷つける」

 ドスの良く効いた、低音ボイスは、カイトが本気であることを物語っている。



「じゃじゃあん……じゃ、じゃあじゃん……じゃ、じゃあん……」


 頭上から、声が聴こえてきた。歌声は、コンクリートで反響している。

 山月は、首を固められて動かせないでいたが、まなこをカッと見開いて、見上げる。


「じゃ、じゃあん……」


 ヒュッと、何かが、目の前に降り立つ。しかし、音はしなかった。


「じゃあぁぁぁん。オレ様、参上」


 忍びの黒装束のような、上下とも黒で固めた九が、腕を組んで立っていた。

「オレの登場テーマ曲、どうだった? いい感じだったでしょ?」

 九は、場の空気もわからないのか、にっこり笑っている。


「ふふっ」

 山月は、体から力が抜け、そのせいで、首の締まりも緩む。


「山月くん、大丈夫? 助けてあげようか?」


 お願いします、と、山月が頷くと、九は、胸の手を合わせて指を組み、人差し指を立てる。

 印のポーズである。

 そして、ブツブツと呪文を唱え始めた。


 カイトは、山月を解放し、何も言わず、立ち上がった。

 カマの柄には、鎖がついており、そちらを持って、カマを振り回す。

 ビュンビュンと風を切る音が鳴る。


「鎖ガマ? そんな旧式の武器で、オレに挑むつもり?」


 九が、三人になっていた。

 山月は、何度も瞬きして確認したが、やはり、九は三人いて、それぞれが、異なる動きをしている。


(分身の術だ)


 カイトは、何度も鎖ガマを振り投げたが、九に当たらない。

 それどころか、分身たちの誰かが、時折、カイトの背後に回っては、ぺしぺしとカイトの後頭部を叩いていた。


「くそっ」と、カイトは、鎖ガマを腰に戻して、駆け出し、吹き抜けから見える二階フロアへと、跳んだ。


「逃げるの?」

「逃がさんっ」

「ちょっと、待ってよ」


 三人の九が、カイトを追った。


 山月は、動かないエスカレーターを駆けあがり、九の後を追いかけたが、すっかり見失ってしまった。

 九であれば、カイトを逃がすようなヘマはしないはず。ただ、山月が心配しているのは、九がやりすぎやしないかということである。


 カイトや九の気配を感じることも出来ず、山月は、ただヤマ勘を働かせて、かつてのショッピングモールを走り回った。


「ぎ、ぎやあぁぁああっ!」


 上のフロアから、悲鳴が聴こえた。すぐに反応して、駆けあがると、暗がりの中に、人影がある。


「き、九か? やりすぎるなよ、九!」


 目を凝らしつつ近づくと、九の足元に、カイトらしき人間が倒れていた。


「九?」

 分身の術をやめたのか、九は一人。ただ、手元に、もう一つ頭がある。


「ああ、山月くん。こいつ、なんなの? こいつも忍者? なんか、すばしっこかったんだけど」


 よく見ると、九は右手に鎖ガマを持ち、左手でカイトの頭を握っていた。首から下は、九の足元に転がっている。


「き、き、九っ! な、なんで殺した!? 殺す必要なかっただろっ!? な、な、なんで……」


 山月は、力が抜けてしまい、膝を折って、その場に座り込んでしまった。

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