第8話 黒い疑惑 その2

「実は、初めて、キミと九を会わせた日のことで、九から、報告があったんだよ。キミが現れる前、この店の中を偵察するネズミが入ってきたと」


 あの日のことを思い出す。玉ベエは、店に客はいないと報告してきた。

 九は、玉ベエを察知して、を使ったのだ。


「それで、どうなんだ? はっきりしたまえ。キミは、伊賀か? 甲賀か?」


 山月は、カウンター席から立ち上がり、一歩飛び退いて、片膝をつく。


「わ、わ、わ、私は、伊賀の者です」


 相田の冷たい視線が、山月に注がれる。

「ほ、ほ、本当です!」


「なぜだ。なぜ、今まで、言わなかった?」

「す、す、すみません」と、床に着くほど頭を下げる。


「わ、私の家系……山月家は、伊賀モノと言っても、末端なんです。まともな伝承も出来ていなくて、忍者を名乗るのもおこがましいほどで……。服部家のような、頭領とは、名声も実力も比べ物になりませんので……」


 相田は、ロックグラスを空け、コースターに戻す。


「服部家のことは、知っているのか?」


「いえ、知りません。昔と違って、交流は全くありませんので。恥ずかしながら、服部丸蔵さんのことも、服部九のことも、存じませんでした」


「そんなもんなのか……。今どきだな、忍者の里も」


「その丸蔵さんは、今は、どこにおられるんですか? 引退されたんですか?」


 相田のギロリとした目が、山月に向けられる。


「いや、この世にはいない。亡くなったよ。残念ながら」

「じゅ、殉職ですか? に……任務中に……亡くなられたのですか?」

「いや……、というか……、それは、微妙かな……」

「ど、どういうことですか?」


「丸蔵は、ある大きなミッションを成功させてね。その後、長期休暇に入ったんだけど、その間に、行方不明になって、死んだんだ」


「こ、殺されたんですか?」


「ああ、九からは、そう聞いてる。九が現れた日のことは、今でも、鮮明に覚えているよ。丸蔵の骨壺を抱えて、私の前に現れたんだ」


 相田は、新しいロックグラスに口をつけ、一呼吸おいてから続ける。


「伊賀モノの風習で、葬儀は、近親者だけで行い、近所にも親しい友人にも、死去した事実さえ伝えないらしいな。九は、丸蔵の火葬後に、私のところに現れたんだ。仇を討ちたいと」


 相田は、遠い目をして当時の記憶を呼び覚ましているようだった。


 九から、丸蔵が死んだと聞かされた時、にわかには信じられなかった。


 その、つい数日前、丸蔵の元気な姿を見ている。

 成田空港で会っているのだ――


 丸蔵は、米国アメリカでの特別任務を成し遂げて、帰国した。


 相田は、とても成功できるとは思っていなかったが、金次第で、やると言った丸蔵に対し、都心のタワマンが買えるくらいの成功報酬を約束して、特別任務を任せてみた。


 そして、丸蔵は、やってくれた。


「異国の地のミッションで、少々、疲れましたので、しばし、おいとまをいただけますか?」


 成田に出迎えた時、もっと、明るく、爽快な表情で丸蔵が現れると思っていたのに違った。ただ、表情は冴えなかったが、病的までとは言えず、むしろ、体力的には、なんの消耗もしていないように見えた。


「わかった。今回は、本当によく、やってくれた。あとは、星谷に任せようと思うので、丸蔵はゆっくり休んでくれ」


 そんな会話をしてから、一週間も経たないうちに、丸蔵は殺された――



 話を聞いていた山月は、握っていたおしぼりを置いて、体ごと相田の方に向ける。


「丸蔵さんは、なぜ……誰に殺されたのですか?」

「わからない……。いや、わからなかったと言った方が、正しいかな。当時は、わからなかったんだ。でも、さっき、キミの報告でわかった。甲賀流の集団にられたんだ、きっと。カール・シンプソンから、依頼を受けたんだ」

「ど、どういうことですか?」


「丸蔵のアメリカでのミッションは、コードネーム・ナインを盗んでこいというものだったんだよ」


 山月は、自分の書いた報告書を思い返す。


『アジトの中で、星谷がを隠していたのではないかという会話が交わされた』


 カールと甲賀流集団は、ナインを探していた。ナインが何なのかはわからないが、星谷の隠していたナインが、丸蔵から引き継がれたものだとしたら、話は繋がる。


「CIAはナインが盗まれたことを、怒ってるんだよ。CIAあいつらが厳重に守っていたのに、いとも簡単に盗まれて、面目丸つぶれだからな。甲賀集団に依頼して、丸蔵に拷問でもかけたんだろ。それでも、口を割らないから、殺したに違いない」


 山月は、胸の前に小さく手を挙げた。どうしても、知りたいことがある。


「そ、それで、コードネーム・ナインって、なんなんでしょうか?」


 相田は、ロックグラスに口をつけながら、横目で山月を見た。

 口を真一文字に噤んだ山月は、真剣な眼差しを相田に向けている。


「おい、山月」


 相田はそう言って、体を回し、山月と正面で向き合う。

 自然と、二人の目が合った。

 どこまで信頼できる男なのか、相田は山月を見定めようとしているようだった。


 山月は、動かなかった。教えてくれるまで、待つことに決めている。

 そのまま、数分経った時、ようやく相田が口を開いた。


「なぜだ、山月。なぜ、読心術を使わない? お前なら、目を合わせれば、私の心を読めただろう? コードネーム・ナインの情報も得られたかもしれないのに」


 確かに山月は、読心術を使えた。しかし、この時、忠義を第一に置く山月に、その選択肢は無かった。

「そんなこと、思いつきもしませんでした」


「ふふふ、おもしろいな。いいだろう。教えてあげよう。コードネーム・ナインというのはな……」

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