第7話 黒い疑惑 その1

 渋谷の繁華街から、細い裏道をしばらく行くと、再開発に取り残されたようなブロックの一画に、その雑居ビルがあった。


「玉ベエ、部屋の様子を頼んだぞ」


 山月は、マイク付き小型カメラを玉ベエに括り付け、隣のビルに設置された自販機の陰から放った。

 昨日、カールが立ち寄っていた部屋は、このビルの三階にある。


 山月が、スマートフォンをタップすると、部屋の様子が映し出された。

 三人の男たちが、パソコンや書類をダンボールに詰め込んでいる。


「ザキさん、なんだよ。今日中に、ここを引き払うって、なかなか急だな」

「しょうがないだろ。ブツブツ言ってないで、早く手を動かせ、カイト。十中八九、ここがバレたって話だぞ」

「そんなこと言われなくても、ザキさんよりは、働いてるぜ。なぁ、サム。俺たち、若いからなぁ」


 男たちの会話も、鮮明に聴きとれた。


(こいつら、アジトを引き払おうとしているのか……)


 山月は、カールを尾行した報告を、まだしていない。

 おそらく今頃、カールが星谷に襲われたことを、九が相田に報告しているに違いない。九のミッションは、カールの護衛だったのだから。


 山月に与えられたカールの行動を監視するミッションについては、もう少し調べないと、報告書を作成することができなかった。


(いったい、昨日、ここでカールは何を話してたんだ?)


 玉ベエに取り付けたカメラが、男のうちの一人の顔を捉えた。ザキさんと呼ばれる、その男の顔には見覚えがある。

(執事風の男……ここまで、カールを車で連れてきた男だ)


「昨日、カールが襲われた。やったのは、星谷だ。やはり、星谷が関わっていたんだ。は、あいつが隠していた可能性が高い」

 執事風の男――ザキはそう言って、舌打ちをした。


「やっぱり、星谷でしたか……。で、カールは? カールは大丈夫だったの?」

「ああ、一命は取り留めて、今頃……」


 その時、山月は、ザキと目が合った。スマートフォン越しにでも、威圧されるほど眼力がある。山月の背筋に、冷たいものが走った。

(まずい!)

 その瞬間、カイトとサムと呼ばれていた若い男たちの動きが止まった。山月は、目を疑う。フリーズしたのではない。ザキの姿だけが、パッと消えてしまっている。


 自販機の陰でスマートフォンを握りしめたまま、山月は凍り付いた。


 スマートフォンの画面が真っ暗になり、音声も聴こえなくなっていた。


(玉ベエが捕まえられた!?)


 山月は、信じられないでいた。常人に捕まえられるような玉ベエではない。

(訓練された者でないと、玉ベエの動きを目で追うことすら難しいはずなのに……)


 自販機の陰から覗くと、三階にあるやつらのアジトのドアが開いた。

 カイトとサムが出てくる。


 山月としては、玉ベエが戻ってくるのを待ちたかったが、仕方なく、その場を去った。

(ザキとかいう男……何者だ?)



 新宿裏通りにあるバー”JーBEAM”は、はじめて相田に呼び出された時の、あのバーである。

 山月がカールの動向調査結果を報告したいと連絡すると、相田に、このバーを指定された。


「カールが会っていた日本人グループのアジトが、渋谷にあったんだな。そこで、おそらく、コードネーム・ナインに関する話をしていて、星谷の存在も、以前から知っていたようだと……」


 相田は、カウンターテーブルに、山月の報告書を置く。

「よくここまで、調べてくれたな、山月。ご苦労」

 相田は、スコッチの入ったロックグラスを傾ける。


「警視総監、私は、何も知らなくて、色々と質問させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 相田はそれには答えず、質問で返す。


「山月……。ひょっとして、キミも、忍者か?」


 山月は、鼻息が荒くなった。答えに迷う。


「初めて、特務警官の役職を作ったのは、九の親父、服部丸蔵まるぞうを任官させるためだったんだ」


 相田は、山月を尻目で見つつ、語り出した。


「丸蔵は、本物の忍者でね。令和になった現代でも、戦国の世と変わらず、スパイ活動で生計を立てていたんだ」


 山月は、耳を疑った。

 法治国家の今の日本でも、戦国以来の家業を引き継ぐ忍者がいるとは、にわかには信じられない。


「戦国の世で、伊賀モノが、どうやって生計を立てていたかは、知ってるよな?」


 山月は、胸の動悸を抑え、冷静を装って返す。


「ええ。普段は農業しながら、有事の際に武将や殿様に呼ばれて、諜報活動をして、お金をもらっていたんですよね?」

「そうだ、その通り。そんな生き方を続けていたんだ……伊賀も、


「こ、甲賀もですか!?」

 思わず聞き返していた。


「そうなんだよ。私が先に気付いたのは、甲賀の方の忍者だった。我々の周りを探っていた。雇い主は、分からないし、捕まえることも出来なかった。だから、伊賀モノの丸蔵を探し出して、味方につけたんだ。対抗するためにね」


 山月の脳裏に、ザキの顔が浮かんだ。玉ベエを捕まえる動きの速さは尋常ではなかった。

 あれが、甲賀流忍術ということなら、納得できる。


「話しを戻すが、キミは、忍者か? もし、甲賀流ということなら、解任しないといけない」

「な、なぜ……。なぜ、わ、私が、忍者だと疑われるのですか?」


 相田は、カウンターに置かれた報告書を、指でつついた。


「アジトの中の様子が詳しく描かれ過ぎている。会話の内容まで、わかるはずがない。昨日分かったばかりのアジトに、盗聴器など、設置する時間も無かったはずなのに」


 山月は、口ごもり、目を逸らす。


「動物でも、使ったのか? だな? ねずみかなんかを訓練して、調べさせたな?」


「ど、どうして……わ、わ……わ、わかるのですか?」

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