第6話 特刑 その3
山月は、男の首を締め上げたまま、キャップを剥がす。
「うぇっ!? えっ!? えええぇぇぇーっ!!」
男は、苦痛に顔をしかめているが、その顔には見覚えがある。
「ほ、ほ、ほ、星谷さん!?」
「や……やぁ、久しぶりだな、山月……」
「ほ、星谷さん、な、なんで、こんなことを!」
「はぁ……はぁ……。し……仕方なかったんだ……。こうするしか、無かったんだよ……」
星谷は息苦しそうにしていた。山月は、腕の力を抜いてみたが、それでも息遣いは、変わらない。
「や、山月……お前もSPなら、わかるよな……。要人警護する上で、最も大切なこと……」
「え? ど、どういうことですか? 何を言ってるんですか?」
山月は、星谷の頭を膝の上に乗せた。星谷の息は弱々しくなっている。
「お、おれは……間違っちゃいない。こ、この国を……あ、あ、あいつを……守るためにやったんだ……。や、やるしか……」
「あいつ? あいつって、誰のことですか? 星谷さん? 星谷さんっ!?」
星谷は、目を閉じてしまっていた。顔全体が、青白い。
「や……山月……」
「しっかりしてください! 星谷さん! しっかりしてくださいよ!」
「や、やつらが追っているコードネームは……ナインだ……。ナインを、よろしく……頼む……」
星谷の息が絶えた。
山月が、星谷の体を調べると、背中に毒針が刺さっていた。
(こ、これは……九の仕業か?)
九は、呼び出した車に、負傷したカールを乗せている。車は、救急車でも、パトカーでもない。レクサスのSUVである。
「九、どういうことだ? 何をやってるんだ? なぜ、警察や救急を呼ばない? なぜ、殺した?」
車が出て行くのを見送っていた九が、振り返る。
「そいつも、連れて行こう。山中に埋めないと」
「な、なにを無茶苦茶なことを、言ってるんだ。星谷さんを殺しておいて、証拠隠滅を図ろうというのか!?」
「なに? そいつが、星谷なのか?」
「えっ? 星谷さんのこと、九は、知ってるの?」
特務警官の事務所にあった、星谷の名刺。そして、星谷は、二年前に警護課を辞めた。
星谷が、特務警官になって、九と一緒に働いていた可能性はある。
「名前は聞いたことがある。オレと同じ特務警官だってことを、相田さんから。ただ、一緒に働いたことも無けりゃ、顔さえ、見たことがなかった」
(どういうことだ? どんな関係だったんだろう……)
上り坂の先にあったので、小高い土地なのだろうが、つい近くまで住宅地が続いていたし、山と呼べるのかどうか、微妙な所だった。
竹が茂る中を進むと、人が立ったまま、すっぽりと入ってしまいそうなくらいの穴があいていた。
「あらかじめ、掘ってあったのか?」
「都内には、いくつか準備してある。必要になってから掘るなんて、焦るし、目につくかもしれないし、無計画すぎて馬鹿だろ?」
九は、笑いながら、星谷を穴の中に放り込んだ。
山月は、自分でも驚くくらい、冷静でいる。
「なぁ九、そろそろ、教えてくれないか? 何が、どうなってるのか、わからない」
「なんのこと、言ってんの? オレが現場に現れたこと? それとも、星谷さんとの関係?」
「その、どっちもだ」
九は、ボリボリと両手で頭を掻いた。面倒臭いと言わんばかりの目つきで、山月を睨んでいる。
「オレがあそこにいたのは、相田さんの指示だよ。カールって男を、陰ながら警護しろって言われてな」
「警護? 尾行では無く?」
九がポケットから、小さな巾着袋を取り出し、中に詰めてあった粉状のものを穴の中に振りまいた。
星谷の死体全体に振りかかるようにしている。
爽やかなハーブの香りが、漂ってきた。
(臭い消しか? たちじゃこう草か、まんねんろうの粉末だな……)
「ああ、警護だ。相田さんは、キミに指示を出したあと、カールが襲われるかもしれないって、考え直したんだろ。もし、暴漢が現れたら、即刻、特刑に処しても構わないって言われたよ」
「ど、どういうことだ? カールは一体、何者なんだ?」
九は、空になった巾着袋をズボンのポケットに押し込み、顔を上げる。
「なんだ、山月くん、そんなことも聞かされてないのか? まだ、相田さんの信頼を勝ち得てないんだな、キミ」
九の目が、三日月のように湾曲した。
(バカにされている)と、山月は思った。
「カールは、CIAさ。アメリカ中央情報局の要人だよ」
「な、なんだ、どういうこと? なんで、CIAをこっそり尾行したり、警護したりする必要があったんだ? だいたい、カールは何をしに来日したんだ?」
「そんなこと、知るかよ」
(それは、聞かされてないんだ。結局、九も、そんなに信頼されてないじゃないか)
山月と九は、星谷の入った穴を、埋めた。
カールが来日した目的がわからないのでは、元特務警官の星谷がカールを襲った理由など、分かるはずもない。
「もう一つの質問に答えてくれないか?」
「えっ? なんだったっけ?」
九は、手に着いた土を払いながら、間の抜けた顔をした。本当に忘れているらしい。
「星谷さんと九の関係だよ。同じ特務警官だったのに、顔も知らないって、どういうことだい?」
「ああ、理由は簡単さ。オレが特務警官になった時、星谷さんは、すでに事務所にはいなかったんだ。別の場所で、長期の特殊任務に就いていたんだ。そして、最近になって、辞めたって聞かされた。だから、顔も見たことがなかった」
「星谷さんに与えられた、長期の特殊任務って?」
「そんなこと、知るかよ」
(やっぱり、九は、そんなに信頼されていない)
山月は、頬の肉を必死で持ち上げる。細くなった視界で、九を見る。
(ちゃんと、三日月形の目になってるだろうか……)
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