第4話 特刑 その1
雑木林の中は、薄暗かったが、目が慣れてくれば、夜中の二時でも十分に視界が取れた。
つい先ほど、九とともに、中年の男を捕まえてきた山月は、九より数歩下がったところで、緊張していた。
「おい、おっさん、なんで、こうなったのか、わかるよね?」
九から、おっさんと呼ばれた中年の男は、木に縛り付けられていた。殴られて、顔が腫れている。
「な、なんだ、てめえ! こんなことして……ぎゃっ! いてててっ!」
まだ反抗的な態度の男の太ももに、九が小刀を刺した。
男の名前は、斎藤
相田から、特務警官としての任務として、さらうように指示された男である。
山月は、その背景や理由、今回のミッションの最終的な
九とタッグを組む、特務警官としての最初のミッションである。
だからしょうがないという、言い訳と、最初だからこそ、九に舐められないようにイニシアチブを取ってやろうというたくらみが葛藤して、前者が勝ってしまった。
(やばい……。本当に、体が動かないゾ……)
保沢夏美さん殺害事件。
当時二十歳の大学生で、一人暮らしをしていた彼女は、五年前、雑木林の中で、遺体で発見された。
着衣は乱れ、性的暴行を加えられた跡もあった。
その後、容疑者として浮上したのが、斎藤だった。死亡推定時刻の二時間前、バイト帰りで自転車に乗る夏美さんの横に並び、しつこく声をかける斎藤の姿が、雑木林近くの防犯カメラに映っていたのだ。
マスコミも世間も注目する中、ようやく斎藤の逮捕に踏み切った警視庁だったが、送検するも証拠不十分で起訴できなかった。
あれから五年……。
「事件が風化するのを待ってたんだ。殺人事件を犯した犯罪者が、のうのうと生き永らえることは、許さない」
相田から言われたことと、全く同じ言葉を九が、斎藤に言った。
「く……。くそっ……。オレは、犯人じゃねぇ。やってねぇ。検察もオレを起訴しなかったじゃねえか……」
「だから、こうやって、成敗しにきたんじゃないか」
「ど、どういう意味だ?」
「オマエが犯人だって、わかってるんだよ」
「証拠はっ!? 証拠がねえから、不起訴なんだろっ!? ふざけんなよ、コノ……ぐぎゃあああぁぁぁああああっ!」
九が、斎藤の脇腹に小刀をぶっさし、真横に、ゆっくりと裂いた。
斎藤の遺体を地中に埋めた。
誰が準備したのか、二メートル以上の深さの穴が掘ってあった。そこに斎藤を放り込み、土をかぶせるだけでよかったので、大した手間では無かった。
「まだ、息してたな、あいつ……。しぶといやつめ……」
「えっ!? ってことは、生き埋め?」
山月は、全然気づかなかった。死体遺棄に手を貸しただけのつもりが、殺人に協力してしまったことになる。
「なに、驚いてるの、山月くん。どうせ死ぬんだから、どっちでもいいじゃん」
山月の息は荒い。運動をしたあとということもあったが、それよりも興奮しきっている。初めて、人が殺されるのを見て、初めてそれに手を貸した。
「きゅっ……九は……、な、慣れたもんだな……さすがだよ」
山月は、九に睨まれる。そして、息を飲んだ。
九は、黒い服を着ていたが、それでも返り血を浴びていることは、はっきりとわかった。
「山月くん、今日は初めてだったから、しょうがないけど、次は、ちゃんと活躍してよ。期待してるからね」
“悪魔が微笑んでいる〟
山月の目には、そう映った。
家に帰ってシャワーを浴びたが、寝る時間は無い。山月は、仕方なく、そのまま出勤する。
といっても、向かうのは、警視庁ではない。
通勤ラッシュの電車を降りて向かったのは、本庁舎の2ブロック裏に建つ、マンションの一室だった。
特務警官は、極秘任務にあたるため、警視庁の中でも伏せられている。なので、人目につかない場所に、拠点となる事務所があった。
中に入ると、ワンルームマンションに似合わず、事務机が向かい合わせに置いてある。
九は、まだ出社していない。山月は、自分の席に座った。
使用感のあるデスクの引き出しを開ける。が、途中でひっかかってしまった。中に指をつっ込んでまさぐるが、何がひっかかっているのか分からない。
「んだよ、まったく。朝から、面倒だな」
荒々しく、押したり引いたり、上げたり下げたり。がくんと、つっかえが外れる感触がして、何かが床に落ちた。
折れ曲がった厚紙かと思ったそれは、誰かの名刺らしかった。拾い上げて、デスクの上に広げる。
『警視庁 警備部 警備課 星谷慎吾』
山月にとっては、懐かしい名前だったが、特に気にすることなく、その名刺を丸めて、ゴミ箱に捨てた。
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