2-16話、道を行く。

「アメリ、おはよう」


「リッドさん、おふぁようございますぅ……」


 朝、俺達は顔を合わせるなり挨拶を交わす。アメリは相変わらず朝が苦手みたいで大きな欠伸をしていた。


「二人共、おはようさん」


 どうやらジーナも起きて来たみたいで、俺達に挨拶をしてくる。その顔色は良さそうで、昨日まで死に掛けていたとは思えない。どうやら、体調は懸念しなくてもよさそうだ。


「婆さん、身体はどうだ?」


「やれやれ、この身体になってもあんたは婆さんって言うのかい。身体の方はすこぶる元気だよ」


「そうか、それならいい。少しでも違和感を感じたら教えてくれ」


 まだ、俺は自分のスキルについては全てを理解していない。目を離した隙に効果が切れる可能性もあり得る。


「……本当なら死ななくちゃいけないんだろうけどね」


 そう言うジーナの身体は、何故だか少し震えていた。その言葉を聞いたアメリは悲しそうな表情を浮かべる。


「お婆ちゃんが死ぬのは嫌!」


「はは、こんな姿になってもお嬢ちゃんは私のことをお婆ちゃんって言うのかい?」


 確かに、二人の年齢は同じに設定してある。それなのに、婆さん呼びはおかしいかもしれない。……俺が言えたことではないが。


「で、でも……」


 アメリは戸惑いの表情を浮かべている。それを見て、ジーナは意地の悪い笑い声をあげた。


「ふふふ、急に言ってすまないね。ほら、今日はどこかに行くんだろ? 気を付けて行ってきな!」


「は、はい!」


「ああ、今日はジーナの料理を楽しみにしていてもよさそうか?」


「そうだね、今日は身体も調子がいいしね。アンタらに美味いモンを作っておいてやるよ!」


 ジーナはにやりと笑いつつドン、と胸を叩いた。これは期待をしておいてよさそうだ。


「わかった、期待はしておく。じゃあ行くぞ、アメリ」


「はい! 行きましょう!」


 俺は荷物を持ち、宿の外へと出る。鞄の中には携帯食料が少し入っている。これは、ジーナが昨日の夜に分けてくれた保存食だった。


 これをくれる時にジーナが怒りながら、「冒険者なら準備はしっかりしていきな。遭難した時用の保存食も持って行くのが当たり前だよ!」と言っていたのを思い出す。気を引き締めて行かないとな、遭難とか洒落にならん。


 俺はジーナの言葉をしっかりと胸に抱き、山での注意を怠らないように気を付けるのだった。





「……リッドさんどうですか?」


「特に支障はなさそうだな」


 アメリの声に俺は下に視線をやる。今の俺は空を飛ぶ実験を兼ねながら山へと向かっていた。


 今、俺のスキル欄には二枚のラベルが貼ってある、それは『浮遊』と『風力操作』。『浮遊』した俺を風で操ることを試みたが、それは成功した。後は、持続時間を確認したいところだ。


「いいなぁ、私も飛んでみたい……」


 その言葉を聞いてアメリにも貼ってやろうと思ったが、よく考えればアメリのスキル欄が無くなっていたことを思い出す。その場合、直接ラベルを貼らないといけないが、もしそれが剥がれてしまった事故の原因になりそうだからやめておく。


「また何か考えておくよ」


 それでも、アメリも飛べるようにした方が戦力は上がるはずだから、なにかいい方法を見つけてあげたいと思った。


「はい! 期待してますね!」


 アメリがにっこりと微笑んだのを見て、俺は頷く。こんな顔を見せられたら何か考えてやらないとな、という気分にさせられてしまった。


「それはそうと、いつまでその姿でいるつもりなんですか?」


「ああ、これか。ずっとこのままでいようと思うんだけど、ダメか?」


「いや、ダメというわけではないんですけども……」


 俺の言葉に、アメリは口をもごもごとさせる。昨日から、俺は二十歳の時の姿になっていた。身体が動かしやすいので、別に元に戻るつもりもない。


 やはり、若い身体はいいな。あちこちに痛みが出ていたのが、今では嘘のようにすっきりとしている。身体が軽くてたまらない。


「なんか、その姿のリッドさんがどこかの王子様みたいで」


「……そんなわけないだろ?」


「そう、ですよね、何言ってるんだろ私」


 苦笑をしているアメリを見て、俺も苦笑いを返す。そう、そんなわけがない。だって……。


 そこまで考えて、頭を振ってから顔を上げる。まだ目的地の山は遠くに見える。このままでは時間がかかりそうだ。


「そうだ、アメリちょっとすまん」


 俺はそう言いながらアメリの元に降り立ち、無断でアメリを抱きかかえ空へと飛んだ。


「──え、え?」


 いきなりのことにアメリは戸惑いを隠せないようだ。そして、状況を把握したのか顔を真っ赤にさせた。


「リ、リッドさん!? あの、いきなりどうして!?」


「次は速度の実験だ。飛ばすからしっかり捕まっていろよ」


「え、きゃああああああああああああ!?」


 アメリに一言告げ一気に速度を上げると、目的地がみるみるうちに近づいてくる。このまま、無事に辿り着きそうだったが、途中で問題が発生した。


「ぐぅっ! これは!?」


 速度を限界まで上げようとしたところで、空気の膜が俺達の行く手を阻んだ。俺は『マジックラベル』を使い俺達の周りに『障壁』を貼る。すると、俺達の周りは無風になるが、代わりに速度が著しく落ちてしまった。


 よく考えると、俺は『風力操作』で空を飛んでいる。障壁のせいでそれが無くなれば速度が落ちるのは当然のことかもしれない。


「……意外とままならないものだな」


「リッドさん?」


 俺が考え事をしていると、アメリの怒った声が俺の腕の中で聞こえてくる。視線をそちらに向けるとアメリは俺を睨みつけていた。その目尻には少し涙が浮かんでいる。


 あ、まずい。そう思った時にはアメリが口を開いていた。


「こういうことをするなら、事前に言ってくれませんか?」


「……すまん」


 怒っているアメリに、俺は素直に謝った。

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