2-14話、理からの逸脱。

「──お婆ちゃん! お婆ちゃん!」


 宿へと戻ると、アメリが婆さんの名前を連呼していた。俺は嫌な予感がして、声のする方へと向かう。そこには、ベッドで眠っている婆さんと、その前で泣き叫ぶアメリの姿があった。


 まさか、帰ってくるなりそんなことになっているとは思わずに、俺は驚いてしまった。それとは別に、間に合ってよかったとも安堵を覚える。


 俺は、部屋へと入り婆さんの横に立つ。アメリは俺の存在に気付いたのか、泣き腫らした目で俺のことを見た。その目は俺の姿を見て見開いている。それは、俺がここにいることへの驚きか、それとも──。


「なん、だい。帰って来たのかい……」


 俺の姿に気付いたのか、婆さんは弱々しく悪態を吐いてくる。こんな状態でも口を聞けるなんて思わなかった。


「ああ、少し用事でな。で、婆さんはどんな感じなんだ?」


「……見たら、わかるだろ?」


「そっか、案外急にくるもんなんだな」


 アメリはぐすぐす、と鼻をすすりながら俺達のやり取りを見守っている。その頭を撫でながら、俺は老婆に問う。


「なあ、婆さん。もし、今すぐ戻れるなら何歳の頃に戻りたい?」


「なん、だい急に……でも、そうさね……あの人が、死ぬよりも前に戻りたいね……もう一度……人生をやり直したい……」


「わかった、その願いを叶えてやるよ」


 そして、俺は『鑑定』で老婆のステータスを見る。ジーナ・シュトローム。年齢88歳。俺の目には婆さんの名前と年齢が浮かび上がる。そして、俺は年齢の数字を『マジックラベル』で入れ替えた。貼った年齢は『18』。何歳がいいのか結局わからなかったのでアメリと同じ歳にしておいた。


 ラベルを貼った途端、みるみるうちに婆さんの身体から皺や染みが無くなっていく。若返りの瞬間を見るのは初めてのことだった。数秒もしないうちに、婆さんの身体はアメリと同じまで引き下げられた。


「──気分はどうだ、婆さん? いや、ジーナか」


 俺は、横たわったままの婆さんに声を掛ける。婆さんは、目をパチリと開けむくり、と身体を起こした。


「これは……夢かい?」


「──お婆ちゃん!」


 アメリが喜んで、ジーナに飛びついて抱き締める。それで、ジーナはそれが現実だと受け止めてアメリを抱き締め返していた。


 二人の目には涙が流れている。これを見ていると二人は本当の家族のように見えた。……いや、今は姉妹、か。俺は、二人に背中を向け部屋を後にする。二人の間には俺は割って入れそうになかった。


 ──それにしても、アメリも驚いてたな……当たり前か。


 俺は自分の手を見つめる。仕事をしてゴツゴツになった手はそこには無く、若い手がそこにはあった。


 今俺は、自身の年齢を20歳に設定してある、これは流石に見栄を張り過ぎたかもしれない。それにしても──。


「本当に出来るなんてな……」


 俺は嬉しくなり、ぽつりと言葉を零してしまった。考えれば簡単なこと、レベルを変更することが出来る俺のラベルを使えばいいだけの話。それなのに、このことを思いつかなかった。このことはサラに感謝しなければいけない。


 俺は自分の足りてなさをもっと自覚しなければいけない。そうすれば、本当に神にだって……


「……違う、俺のやりたいことはそれじゃない」


 別に神になれたところでやることは変わらないと思う。俺が俺である限り神にはなれないのだ。


「──さて、後は空飛ぶ家の問題か。それと、ジーナを勧誘しないとな」


 俺は次にやるべきことを、言葉にしてまとめる。ジーナを俺のパーティーに加えるのには理由があった。


 ジーナがネックだったのは年齢によるところだ、それが解消されたのが大きい。海賊として旅の経験を積んだジーナが居てくれるのは俺としても助かるので是が非にでも誘いたい。それに、アメリもジーナと行きたいはずだ。


「とりあえず、問題も解決しそうだし、今からはギルドのランク上げだな……」


 俺はそう考え、宿を後にし裏の井戸へと向かう。そこには、放りっぱなしになっていた、俺の作った箱の残骸が置きっぱなしになっていたので、片付けておくことにした。元気になったジーナが見たら、どんな目にあうかわかったもんじゃない。


「……よし、これくらいでいいだろ」


 ある程度片付いたので、俺はギルドへと向かう。空にある太陽はもう傾きかけていたが、クエストだけ受けておこうと考えていた。


「ランクが上がりそうなのを選ばないとな……」


 問題が一つ解決したことに加え、年齢が若返ったことで軽くなった足取りで俺はギルドへの道を歩いていった。

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